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幸福論かもしれないな・・

さて、ちょっと、きになったことをかいてみます。

憂生がスピリチュアルをさけるようになった大きな原因というのが
どういうのかな、
そういうことをやっていると、
なにかにはいりこまれたような、
妙な幻惑感とか、
目の中になにかがとびこんできたような別視感覚とか
頭の上やおでこ辺りとかに妙な重圧感というかぼーとしたような膨張感がくるのが、
いやだからだったと思います。

こういうことを書き始めたころからそれがぶりかえしてきていて、
うっとうしいのですが、
これも、おそらくですが、原因はわかっています。

簡単にいうと、チャクラが活性化しているせいです。

それが、チャクラだとわかったのはあることからです。

ある女性と話していると、まあ、悩みごとというんでしょうかね。
そういう話になってきて・・・。
そのときに頭上がもやもやとあたたかいというか、
むずむずするというか、なにかをおしつけられたような?妙な感覚をあじわっていたのです。
彼女にいろいろアドヴァイスらしきものをしようとしながら
自分で迷うわけです。
こんなきついことをいっちゃいけないよなと迷うわけです。
すると、「いいから、いってやってくれ」という思いがはいってくるわけです。
そして、おもうままというか
ちょっと、浮かされたような感じでしゃべっていると
彼女が「おじいさんにいわれているようなきがする」
(だったかな・・・わすれてる・・)
と、いうのと、本当に心にひびいてくる。
つまり、言ってくれてよかった。みたいな・・
「いいから、いってやってくれ」のこたえというか・・・。
こういうことがあって、
頭の上がじんじんしたような、しびれるような状態のほうがきになって
頭上チャクラの項目をしらべたわけです。

この場所は異世界のものとの交流ができる場所ということだったのです。

なるほどと、納得したのですが
そういうチャクラで能力を開花?させるのはいやなのです。

なぜか?

これも、ある意味、つき物をつかせて物事をやるということに他ならないから。

その前に、憂生がチャクラを調べにいったきっかけがあって
そこは、まあちょっと今ややこしくなるので省きますが
調べたその中に
あれ?魂とおなじようなことがかいてある。
と、思ったわけです。

たとえば、根底チャクラが螺旋を描いて頭上まで上昇していくと
修行ができていないものは、けもののようになる。
とか・・・。

魂も螺旋をえがいて、背骨をつたって、上昇していくそうで・・・。
修養ができてないものが狂うのもおなじで・・。

このあたりから、
魂とチャクラの関係というか・・・。
チャクラは魂が磨かれ上昇していけば
自然と活性化するもので、
チャクラはいわゆる魂の昇降口というか、プラットホームのようなものなんだと思ったのです。

ところが、多くの人はその関係がわからず
チャクラだけを活性化させることをするわけです。

これは、まあ、いえば
果樹を育てたり盆栽をそだてるとかで例えれば
根を立派に育てず、薬で実をおおきくしたり
枝葉をどうにかしようとしているのによくにてるとおもうのです。

最後には根がだめになって木々はたおれてしまうのです。

ちょうど、そんなことのようにおもえて、
順番がちがうだろうとおもったわけです。

魂がみがかれて、人間的にも修養ができれば
勝手にチャクラは均衡を持ってひらかれるもの。

それをチャクラだけが先走りするのはよくない。

と、・・・・。
こういう風に思うのにも、決定的ないきさつがあるのです。
修養のたりていなかった人間(憂生)が
あることで、すこし魂が磨かれたとでもかんがえてください。
とたんに救われない先祖やら前世?やらがおしよせてきて
憂生をとりかこみついてくるという恐怖感があったわけです。
それで、すっかりノイローゼになり狂いかける一歩手前までいったのです。
この先祖がおしよせてくるという感覚も
詳しいことは、彼の魂が・・でかいているのですが
死んだ人間(本人は生きているつもり)の思いがはいってくるという事件のあとに
いろいろあって、妄想でもなんでもなく
実際に師にある方法でたすけられているわけです。

また、魂の上昇というか、吹き上げがおきてきたことがあり
自分でもまだ早いと一生懸命念じていたときにふっと吹上がとまって
師のところにいったら
憂生に吹上がはじまったから石をおいておいた。
と、いうのです。

吹き上げで魂が勝手に上昇してしまうのでしょうね。
たとえば、間欠泉のように、どっといっぺんに水をおしだしてしまう。
その勢いで魂が勝手に上昇してしまうのでしょう。
修養ができていない人間がそうなったら、たぶん、狂います。
そこで、師が石をおくことで吹き上げをとめ
石の隙間から水がもれだしやがてふちを浸食し
石がふちの中におちるほど、入り口がおおきくなったら
吹き上げはなくなるというか
こんこんと水があふれわきでるというかんじになって
吹き上げはなくなります。
つまり、間欠泉になるのは入り口(出口)が小さいからおきてしまうことなのだと思います。
そこで、石をおいた。
まあ、不思議なことですが・・・。
それで、又たすけられてるわけです。

そういうことがあったりもしたので、
自分ができていないのに
魂が上昇したり、チャクラをひらいてなどということは
とても危険だとおもっています。

そして、特に頭上チャクラ。
自分がうけいれられるキャパもあるでしょう。
それをこえた存在がはいってきたり
心に隙があれば、
いつか、みたスピリチュアラーのように
魂まで侵食されてしまう存在(なにかわかりません)にはいりこまれてしまう。
と、いうこともありえるわけです。

だから、
頭がじんじんしてしまう常態とか、
なにかがコンタクトしてきてる場合があるので
いやなのです。

こういうことがあって、
スピリチュアルからはなれたわけです。

警告というわけでもないのですが・・・
昨今、こういう危険性がわからず、
簡単にヒーラー(と、いうのかどうかもわからないのですが)になろうとか
チャクラを活性化させようとか
神秘的な力をつけようとか、そんなのをみていると
う~~~むとおもってしまうわけです。

人間としてよい人柄になれば
それでいいんだと思うのです。

先の記事にものせたように
「自分がしあわせになることで回りもしあわせにできるんだ」
と、いう
幸せ効果という余波をつくりだせれば
もう十分に人をたすけているといえるわけです。

それさえ、なかなかできない憂生が
チャクラがどうの
魂がどうのって
それこそ根を育てないで木をそだてているのとおなじ。

それじゃ、いつか、たおれてしまうでしょ?

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