画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不可解でごめんにゃ

不思議な体験があるわりに、
昨今はやりのヒーラーとかリーデイングとかに
懐疑的なのはなぜだろうと自問しています。

とくに、なんちゃか神様がおりてきて・・とかいうのが
とくにいけません。

こういう能力というのは、
たぶん、自分にもあるのだろうと思うのです。

そもそも、それがなんであるのかも
神なのか、先祖?守護霊?自分の魂?低級霊?
なのかもわかりません。

ただ、あるとき、妙なものにとりつかれ
予知?とか、言い当てとか
ぽんぽん、くちをついてでてくることがあったのですが、

その状態のまま、師のところにいったのです。

すると、玄関にはいるやいなや、
「おどりゃあ、おのれはどこの狐、狸じゃあ」
と、師が一喝!!

あとできかされたところによると、
狐、狸などでなく
国津神だったそうで
すでに、ここから????の世界なのですが・・・。

続いて、言われた言葉が
「お前の魂にはせめて、天津神じゃないとなあ」
????

わからない言葉はきになります。

それで、国津神と天津神とは、どう違うのか?

調べます。

その答えがあってるかどうかさえわからなくても、
調べるしかないwww。

で、おぼろげにわかったのが
国津神です。

これは、いわゆる人助けをするために
人(の魂)に、のって
その人を使って、人助けをする?させる?というものです。

つまり、多くのヒーラーとか?についている「神」は
国津神ということになるかと思われます。

このあたりでも、一時期見透かし?のようなことができて
と、いうか、前にかいた誰かの思いがはいってくるというのがあって
あるヒーラーのところにいったら
憂生の中で
「なんだ、たまより姫か・・・」
と、いう言葉がうかんできて
果たしてそのブログをよんでいくと
せおりつ姫からのお伝えですとか・・・
またここでわからない言葉がでてきたので
ぐぐりますね。
たまよりひめ
(だったと、きおくしていますが、ちがうかも)
簡単に言えば巫女とかいたこ?みたいなもので、
神のよりしろみたいな役目の方を全般的にこうよぶようです。

このたまよりひめは
そのブログのヒーラーをさすのか
せおりつ姫自体をさすのかわかりませんが
「なんだ・・」という言葉がひかかります。

期待していたのに、なんだ、そんなものでしかないのか?
と、いうニュアンスで
よりしろなどは、かなり身分?がひくい?
(自分の能力で物をやる人じゃないといういみあいで)
と、うけとめられるつぶやきだったのです。

前述のせめて、天津神・・という言い方をうらがえせば
人助けをする神(国津神)につかわれるような魂でないということになってきます。

ここで、さらにかんがえます。

人助けというものが、本来、どういうものなのか?ということをです。

人助けがいけないことだというのではなく、
人助けより以上のものがあるということになってきます。

この視点から
人助けという段階ではなぜいけないかということを
(憂生にはです)
かんがえていった時期があります。

そのころにまたいろいろと不思議な体験や遭遇をしたわけですが・・。

たとえば、霊能者の方とはなしたことがあるのですが
その方は何千もの呪縛霊?をせおいこんで
ちゃんと、引導をわたす。
成仏させることをやったり、ほかにいってとりついたりしないように?か
自分のとこにせおいこんでいて
見える人がみたら、何千もの霊がもぶりついているのがみえるらしく
このせいで、神社とかに入れないとか(別の人だったかも)
その方に尋ねたのです。
言い方が悪かったと思うのですが
そういう世界にいるということはあなた自身もそういう世界におちているということですよね?
と。
無論、神様がみえたとてそれが本当に神様かどうかもわかりませんがww
神様と話ができるから、そういう世界にあがっているか?というとここもあやしいところですが・・。
その方の答えは
人それぞれ、お役目があるのですよ。
と、いうものでした。

つまるところ、
人助けという段階がお役目の人もいるということでしょうし
極端な話
前世からの因縁というのもあるかもしれません。

この因縁もふたつあって
おおざおっぱに
前世の気持ちを晴らすという意味合いのものと
前世の悪い行いを清算するというものとがあるのではないかと思っています。

先の霊能者でいえば
たとえばですが、目の前で多くの人が戦争とかでなくなり
死んでいった人々を回向して、成仏させてあげたいという思いを晴らす。
逆に
多くの人を惨殺?してしまい、その侘びというか、清算のため
こういう状態になっている。

こういう考え方はちょっといやなところですが
そうなると、
霊をたすけているというより
自分をたすけるためにやっている(やらされている)ということになります。

国津神も結局、何らかの意味合いで自分のために
誰かをつかって人助けをおこなっているのだとしたら
そのために自分の魂を利用させるということが
はたして、人助けになるのだろうか?
そういう役目だと思ってよいことをするのだからということだろうけど
自分の魂を悪く言えば国津神になげわたしているようなもので
その考えをすすめると
自分の魂をどうにでもあつかうということをする人が
人助けなぞできるのだろうか?
と、思ってしまうわけです。

そこで、
人徳というか、人柄や苦労などで
自分の領分で人を助けることができるような人間になることが問題であって
人を助けることができるかどうかというのとは質が違うと思うのです。

ここを忘れて、おかげ信仰してるんじゃないかなあと。
一時、妙に能力?があったころ(憑かれていた?)
有名な霊能力者さんのところにいったところ、霊能力者のページはなんともなかったのに
コメント欄にはいったところ、ものすごい・・・う~ん
なんというんだろう?邪気?欲?迷い?がうずまいていて
前に話した幻惑感がそのときにまたおきてきたのです。
おそらく、邪気とかマイナスエネルギーがうずまいていたのでしょうね。

他力本願なおかげ信仰をまきおこさすことが世の中のため、人のためになるのだろうか?
と、疑問を感じたところではあります。

まあ、なにかを簡単にわかりたいと
これも一種の欲で見に行ったのは憂生ですから、
コメント欄の邪気とおなじでしかないのですがwww

そんなことがあってから
またしばらくして、いろいろなスピリチュアラーとか陰陽師とか?
いろいろ、みてまわったのですが、
そのころに魂のイメージがうかんできて
相手の魂を手の上にのせると
こちらの手がしびれてくるとか、
低級霊に差配されているとしか思えない状態とか
結局、自分の魂を他のなにものかに食い物に?させている状態は
とても危険だとしらされることがあったわけです。

こんな折、霊道があいてるとかで死んだおじいさんがよく現れるという方で
病状的には
閉所恐怖症みたいなところと、
霊をかんじとるせいか、対人恐怖症みたいになってる方がいらっしゃって
その方とメールで話をすることがあったのです。
すると、相手のメールを開いたとたん
真っ白な閃光がスパークしたのです。
そして、じっとみているとなぜか、無性に手をあわせたくなるのです。
拝むというやつです。
正直、得たいの知れないものを拝むなんてとんでもないことなのですが
まあ、ままよと手を合わせてみたのです。
すると、そのときにも感じていた幻惑感がすっとおさまって
憂生の脳裏に浮かんできたことがあったのです。
「手を合わせて、(お願いしたいことがある)というのは憂生でなくメールのむこうの何者かの思いではないか?」
憂生が手を合わせるのをみて?
合掌の意味もなにかしらあったと思います。(仲良くしよう。相和の気持ちですよ・・とか)
むこうがメールの本当の相手?につたえてほしいことがある
ようなのです。
なにをつたえていいかもわからないでいると
「お前のおもったとおりでいい」
と、なんだかえらそうでしたwww
で、そのままつたえたことは、
「自分の魂を大事にしろ」というような内容だったと思います。
さらにもっと書こうとすると
「もういい。それだけでわかる」
と、とめにきたのでそのこともかいてメールを送信したところ
帰ってきた返事は
魂というより御霊といっていたのですが
「御霊をもっと意識しろということですね」
だったわけです。

その方の魂は真っ白というよりパンを作ったときの種のような感じの色合いで
まん丸でずっしりしてるけど、表面がぱさぱさとかわいていて
パン種をうまく丸めきれずに粉をいれてまるくしたら、表面がぼそぼそになるのと似たような感じになっていました。

それが、どういういみであるのか調べることはやめたのです。
彼女のおじいさんかなにかしらないけど
ちゃんとみちびこうとしているものがいる。
そして、彼女も導いていこうとするものの助言をわかった。

これ以上は余分だなと。

まあ、書きながらふと思ったのですが
国津神の人助けというのでなく
たとえば光った主、それが彼女の魂だとしたら
そこを助けた?(こういう言い方では違うのですが)
これが、天津神の仕事かな?と

むろん、今はそんな能力?どこへやらww
結局、こういうことも
自分の魂を自分こそが意識するんだと
メール相手によってつたえられたことじゃないかとおもうわけです。

結局ww
相手を助けてるつもりでも自分が助けられてるということなのだと思うのです。

まず、最初に自分をすくいきってしまう。
そして、

自分の魂をすくいきってしまう。

自由自在に魂と意思がつながる。
自分の思いが魂どおり。
魂の思いが自分とおり。

こういうことが、
天津神がつかさどる(助力)ところじゃないかとおもうのです。
関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
10190位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
3615位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。