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ロビンの瞳によせて・・

ロビンの瞳・終了しました。

書いている間に根強いポーの一族フアンのかたたちの訪問から、逆に関連記事をよませていただきました。

多く、憂生が思っていたように、キリアンに仕組まれた因子はその後どうなったか?

と、いうところに話題が沸騰していたようです。

今回、そのあたりを、定説・・どおりに類推してみたわけですが、
これをやりますと、作者である萩尾望都女史の目論見・・というか、浪漫をぶちこわしてしまうとも、思えます。

おそらくですが、萩尾女史もそこのところ(どこの?)ところにきがついていたのかもしれない。とも、思えます。

エドガーでさえ、まともに、ヴァンパイアに仕立て上げられず、
メリーベルもアランも貧血気味?なわけです。
大長老でないと、まとまもヴァンパイアにしたてあげられることができないはずですが、エドガーは大長老から、因子をおくりこまれたぶん、濃い血?をもっているので、他の人間を仲間にひきいれる事ができるわけですが、それでも、不完全なところがあるようです。

ですから、どう考えても、マチアスからの因子が、後になっても、
ヴァンパイアをつくりだすような?ことは、おき得ない。
と、考えられるわけで、此処の矛盾を謎?期待?浪漫?のままにしておきたかったのではないかという気がするわけです。

英語の苦手の憂生でしたが、スラングとしての言いまわし、訳に興味をおぼえたのは、実はこのポーの一族の中の小鳥の巣の中・・作者の枠外への書き込みが元でした。

何言っちゃってるんだよ。
と、いう科白に対して、
「WHAT DO YOU SEY」
でした。

「貴方は何をいっているのですか?」
と、いう疑問形だったか、
「何をいってるんだい!!」
と、いう誇張形だったか、覚えていないのですが、
とにかく、もっと、表現を変えれば(異訳)

ー馬鹿いってるんじゃないよー
ー生意気いうなよー
ー笑わせるなよー
と、いくらでも、表現をかえられるんだと気がつき、
根本的な英語の意味をしらべたりもしました。

このあたりは、S&Gのサウンド・オブ・サイレンスにも影響され、
トーキングとスピーキング(スピークなしで、トーキングする)
ヒィアリングとリスニング(リッスンなしで、ヒィアする)
と、いう表現の違いに着目させられたりして、日本語でいう
笑いの違い。
大声で笑う。嘲り笑う・微笑・・などなどの違いがあることや、
小さいというか、少ないというか、
リトルボーイのリトルをスモールと使わないのは、
リトルの中に「可愛い」という感情が含まれるのだとわかったり・・。

これが、こうじて、エアロ・スミスのキング&クイーンの「N」のリフレインや、詩人の詩・・原文の「ER」のリフレインなどなど、かなりのめりこみ、これらが、最終的には憂生の文章のテンポや語調。
ひいては、「言葉にして、憂生の文章を耳で読むと心地よい」といわれるという、「音」で、文章を書くという下地を作っていったと思えます。

そういう意味合いでは、憂生にとっては、単なる二次創作というのとは、違うものもありますし、
イメージで文章(構想)を捉えたりするとき、萩尾女史の「図柄」がうかぶことがありました。
ブロー・ザ・ウィンドの中の少年が海にもぐり、金色の髪の毛が
海の中でゆらめく・・・なんていうのは、まさに萩尾女史の図柄が頭にうかび、それを、なんとか、文字にしたてあげようとしたわけですが、今回もそれがありました。

赤い風船の男の子の瞳・・。
それをみつめるエドガー・・。
これを図柄でかけたらどんなに良いだろうと文章にできない部分をおもいました。

文章にすると、わざとらしく、くどく、なってしまうために、あえて、書かないをえらんだわけです。

憂生の作品を元に漫画?におこしてもらえないだろうか?
なんて、まじに思ったりしながら、長い放置が終息しました。

ロビンの瞳・・2・・のこと

ちょっと、迷ったんで、此処に書きます。

この先に前作 秘めやかなる想いは5月の空に・・のキリアンを登場させる予定でいます。

元々、キリアンはマチアスに血を吸われ、キリアン自身がヴァンパイアに変化してしまうんじゃないかという恐れをいだいていたわけで、
彼が変化しなくとも、その因子を恐れ、結婚とか?この先の人生をあきらめてしまうしかないとも考えているようです。

そして、マチアスを消滅させることになった元々のわけが、エドガー達なわけで、
虚しさとひきかえにキリアンの人生をかえてしまったという理不尽な結果への怒り・恨みとあいまって、マチアスを消滅させた恨み、怒りもあるわけです。

醜悪なるおぞましい、人間でない存在を、消滅させてしまおうという心理は、魔女狩りの心理にも近い気がしますが
魔女狩の心理は一種集団ヒステリーであり、デマゴーグにあやつられているわけですが、

物語中のキリアンは、自分の人生と友人をつぶされたという事実があるわけですから、人生諦め、なげうつだけの想いではないだろうと思えます。

同じような被害がでないこともさることながら、人間の人生をくるわせてしまう行為・存在、そのものを許せないだろうと思います。

前作で、キリアンは
エドガー達を消滅させるために、旅立ってしまう。
と、いうところで、完結させましたが、当然、キリアンは
エドガー達をおいかけて、銀の弾をうちこんでやろうとしているでしょう。

でしょ?

そんなわけで、キリアンが登場しないほうがおかしいという気もしますし、登場させる以上、物語のターニングポイントを担う役をえんじてもらおうとおもっています。

そんなわけで、前作をよんでない方への言い訳ですが、
キリアンの登場は突飛なものではないのです。

ランプトン君発見!!

ずっとさがしていて、見つからなかった画像(絵画)がみつかった。

実はご幼少?の頃の憂生にそっくりだといわれるもので、

名前だけは覚えていた。

ランプトン君である。

憂生は現在、萩尾望都のポーの一族の二次創作、2作目をぽつぽつとかいているのであるが、この二次創作のきっかけ(トリガー)になったのが、キリアンである。

彼はその後どうなったか?というのが、最初の動機であったが、書いていくうちに、萩尾望都が構築した世界観にのめりこんでいくことになる。

300年以上生き続けているヴァンパイアの「深淵」が、見事につたわってくるのであるが、後年、白蛇抄をかいてみて、此処にも似たものが在ると思う。

ヴァンパイアという架空?生物である分、永遠にいきる(可能性)というテーゼも、あるいは、虚構であるといえる。

が、白蛇抄にいたって、考えてみると、輪廻転生というものがある。

輪廻転生について「現実」であると、証明されてはいないが、ヴァンパイアとくらべれば、この輪廻転生のほうが、「永遠に生きる」というリアリティがある。

昨今、スピリチュアルに傾倒して、輪廻転生つまり、前世をかんがえさせられること、しばしであったわけだが、

白蛇抄の大きな前提は、前世からの差配である。

この意味合いで、連鎖という永遠の命(題)を解き明かす壮大な物語になっているわけだが、

この部分で、ポーの一族の二次創作との大きな違いを感じる。

エドガー達は「現実」?のみをいきているが、白蛇抄登場人物は「過去」を解き明かしながら現実を踏まえていく。

憂生自体、前世がはまる、と、いわれたことがあるのだが、この前世も何人といると思う。

スピリチュアル傾倒時期、ローマ法王(13代だったかな?)の名前がよぎり、検索をかけてみたところ、画面が開く前から、突如滂沱の涙がしたたりおちるという不思議な体験をした。

まさか、ローマ法王が前世の一人だったとはいわないが(当たり前じゃ)なんらか、前世で関わりがあったのかもしれない。

そんなことを思うと、奇妙なほどうりふたつのランプトン君もなんらかのかかわりがあるのかもしれない。

そのランプトン君が萩尾望都のポーの一族の中で扱われていた。

エドガーを模写した絵画がランプトン君ににている?というのであるが、憂生は微妙に違和感を感じていた。

それは、おそらく、憂生が、ランプトン君にそっくりだといわれていたせいもあろう。

絵画のランプトン君はふくよかな、柔らかさとあどけなさをたたえている。

エドガーは、どちらかと言うと鋭利と孤独がにじみ出ている。

むしろ、後年の憂生のほうが、エドガーに近づいてしまった気がする。

(どこかに写真あるとおもいますが・・

rannputonn  

ロビンの瞳をかき終えて・・

まあ、残りの執筆中が、あと、7~8本残っていて・・。
チサトの恋以外、すべて、2~5年前の放置作品ということになる。

多いものでは、5万文字まで、書いていて、気がこけた。
原因はくだらない検索ロゴ。

つづめて言えば、PDSTと解離性傷害などの精神的病から、恋人を救い出すという物語である。
かなりの葛藤や情愛や・・・。
と、憂生にとっては、問題作であり、書いている本人もむごい場面になると、実際に吐き気がおきていた。

現実部分で精神病(欝・境界異常・自傷・・・・)を罹病している方たちとの、関わりがあり、実にいろいろなことがあり、問題(本人の症状)の解決にも関わってきたということもあり、自分にとっても、どういう風にかんがえていけばよいかという、バイブル的意味合いもあるものであった。

そこに、くだらない検索がはいる。

憂生の神経はずたぼろになってしまった。

面白半分、興味半分で、扱われることは、まあ、たとえて言えば、通り魔に身内を殺され、そこから、立ち直ろうと、客観視をこころみようと文章をかいているところに、「むごたらしい死に様・キャー・死姦」というような、異常趣味としか思えないような検索をかけるようなものだと思う。

(例えばではあるが、もちろん、ヒットするのは、むごたらしい死に様なんだけど、あとの言葉も解析によって、表示される)

この状況により、本編を書くことができなくなり、と、いうより、公開する気持ちになれなくなってしまった。

同時にアダルト小説も同じだった。
憂生にとって、主人公の葛藤・精神的成長?などなど、性をして、くだらないごまかしにしか使えなくなっている憐れな男のその様子と、別れた恋人への本心と・・。かなり露骨な表現があるせいもあり、ここにも、たわけた検索がはいってきていた。

そして、部分的一致などにより、「考えさせられる」作品でさえ、アダルトブログにラチされる。
看護婦のなんとかシーンという表題をつけて・・。

侮辱というよりも、ネット世界の意識のレベルが落ちてきていると考えられた。

その様なことの複合的感受により、あちこちで、公開するのはやめることにしたり
どうしても、誤解したヒットにかかるものは、非公開にかえたわけだが、

そんなわけで、執筆中の作品になったままの作品もある。

量産に継ぐ、量産をこなしていた憂生にとって、今年ほどひどい年はないかもしれない。
短編が多くなってしまっているが、昨年でも10作品近くは書いている。
今年、8月もおわりになって、やっと、ロビンの瞳をしあげただけ・・。

ネットに公開しながら書くということをはじめてから、テキストに向かう集中力がかわってきているせいもあり、空に架かる橋以降は、すべて、ネットテキストへの一発書きで、166000文字お登勢もなかだるみしながらであるが、テキストでしあげていった。

それが、どうしたことか・・。

とは、言うものの、ロビンの瞳も、憂生にとっては、「上」の部類に入る。

以前にもどこかでかいたかもしれないが、書いている本人にしか、どこまで、書ききれているか。と、いうことは、判らない。
と、思う。

人の評価などというものは、なかなか、そこまでは、判らない。
論より証拠に、かなりおざなりに書き上げた作品が全国出版・特別推奨作品に推したいということがあったりもした。

ロビンの瞳については、憂生なりの掘り下げが、できていて、
自分でも、そういう事か・・と、納得できたり?しているので、
書ききれていると思える。

キリアンって、いうのはさ・・・

ロビンの瞳・・6を追加しましたが・・。

いやああああ。

キリアンという人物はおもしろいです。

以前にも、萩尾望都は、あえて、キリアンのその後にはふれなかったとかいたことがあります。

と、いうのも、キリアンのポジションを追従していくと、エドガーやアランを食いつぶすほどの存在感や、登場理由?が付加されてしまいかねないとおもえたせいです。

前回、続きに迷うのところで、ぶつぶつ、書いたせいもあって、浮かんできたのが、

仲間にしたか、獲物にしたか。

と、いうどちらかに決定する必要はないということでした。

あえて、どちらであるか、判らない方も、エドガーたちの脱出要因になるときがついたわけです。

本編でかいていたように、ジャニスが仲間に引き入れられていれば、エドガーを打ち抜くキリアンになってしまうわけです。ですから、獲物であるのなら、途中で気絶から、覚醒して・・・。

あ~~、これは、すったもんだが、はじまるな。

ジャニス「なに?これ?どういうこと?」

キリアン「そいつから、離れろ。そいつはヴァンパイアだ」

ジャニス「ヴァンパイア?君、一体、誰、おかしいんじゃない?」

説明より、論より証拠とばかりにエドガーを撃つキリアン。

当然(主人公なので/笑)エドガー(&アラン)は姿をくらます。宙に浮遊し、さっと・・・。

ジャニス「え?あ?あ・・」

キリアン「だから、いったろう。君は奴に血をすわれていたんだ。だけど、良かった・・。ヴァンパイアにひきこまれちゃいない」

めでたし。めでたし。

まだ、血を吸われていないジャニスという設定も考えました。

が、これも、先にかいたように、いきなり、エドガーを撃つ「論より証拠」証明法になるという点では、同じ結末になると思えたのと、

ドアの外のアランとの心理的やりとりが、さっぱり、活かされないという点で、二つの案は採用にならなかったようです(って、もちろん、書き終えたあとの選択肢の究明ですが・・。何故、憂生はこの選択肢をえらんだのか!!!!ってなところです)

そして、今回のジャニスの昏睡(気絶?)・・。

書庫にのこされたキリアンはどうでしょう。

以前、同じ、状況で、昏睡からめざめたマチアスに噛まれ、キリアンの成長はゆるやかにとまりはじめているような・・。

そして、マチアスは、キリアンを護ろうとしたテオによって、消滅させられるわけですが、キリアンはロビンを狩り、孤独においつめられたロビンは自殺(?事故?)してしまい、キリアンは自己責任をかんじているわけですから、マチアスのことも、ロビンへの復讐がらみであったと思う分、キリアンには、マチアスの死(ヴァンパイアへの変化)は自分のせいだとおもっているわけだし、マチアスの後ろにも、ロビンの後ろにも孤独があります。

キリアンのおいたちを考えてもその孤独を包む理解ができるはずなぶん、いっそう、マチアスもロビンも自分のせいだとキリアンは考えているわけです。

そして、残されたキリアンは、ジャニスの目覚めをまつでしょう。

その時、いろんなことがうかびあがってきます。

憂生の前作では、キリアンはエドガーに血を吸われ、気絶しています。

その時、テオが起こしてくれるわけですが、キリアンはテオにいいます。

「恐ろしかっただろう?」

マチアスのように、テオをおそったかもしれないわけです。

おそらく、ジャニスの目覚めを待つ間、キリアンはこのことを思い出すでしょう。

絶対大丈夫と信じたテオのように、自分もジャニスを信じながら、

もしもの、覚悟をつけておく。

いろんなことごとが、わが身にかわってみたとき、その気持ちを理解できるということもあるでしょう。

ロビンの孤独も、マチアスの孤独も、ひいては、エドガー達の孤独も理解するかもしれません。

それら、すべて、ジャニスがどういう形で覚醒するかによって、キリアンのこの先は、孤独と自分がヴァンパイアになるかもしれない恐れとを混在させながら、方向性をみつけていくことでしょうし、一方で、唯一、人間?でありながら、ヴァンパイアの孤独を理解するキリアンという存在は、エドガー達にとって、奇妙な理解者として、位置づけられるのかもしれません。

そんなキリアンをして、エドガー達は本当にジャニスを復讐の道具にしたてあげたでしょうか?

すでに、キリアンはくるしんでいたわけですから、そもそも、復讐なんてのはなかったのかもしれません。

此処で、前作にたちかえるわけですが、

「マチアスがキリアンを噛んだのは、どういう思いだったか」

エドガー達が本当にしりたかったのは、そこだと思います。

その答えがまた、

「ロビンは僕たちをのぞんでいたか、否か?」と、いう答えにもなり、

その答えによって、エドガー達のロビンへの悔いも晴れるのかもしれません。

などという、キーポイントを含んだキリアンであるということを、物語の中ではいっさいふれていないつもりですし、キリアンへの追従は(物語としては)かんがえていません。(考えていたら、ここで、ネタばれになる話はかかないでしょう)

あくまでも、主人公たちを冴えさせるのが、副主人公や、その他の登場人物なわけなので、この域をだっさない状態で、ロビンの瞳は終わりたいと思っています。

もう少しで、終わりますので、よろしくおつきあいください。

また、筆者の欲ですが、一つの物語は多くの選択外によって、構築されているのだということを、知って欲しいと思いました。

もちろん、例の如くの言い回しですが、野生の勘で、選択していくものなので、当の本人はなんなく、チョイスしているのですが、ほりさげてみると、切り離したいくつものパーツを理解したうえで、書いているのだと・・・我ながら、関心します。(←あ、自我自賛・・誰ですか?自(元)がじーさんの間違いだろ?などというひと・・)

おわります。

続きに迷う

かなりのローペースで、2本連載やってますが、

続きをかいていくってのに、戸惑うことが多くなってきましたね。

頭の中に構想があり、それを文字に変える・・・・・だけなのですが、

肉付けの部分ですね。

此処が、物語のムードを作る重要ポイントのため、どういうふうな表現をすればよいか。

って、ことをよく考えます。

キャラクターの性格を軸にして、会話ひとつでも、この人物なら、こういうふうに喋る、考える、思う。と、いう風に見合った肉付けをしていくわけですが、

登場人物の行動?などになってくると、いくつかの選択枝がでてきます。

例えば、今回、エドガーはジャニスをどうしたか。

おおきくわけると、獲物にしたか、仲間にしたか。

このあたりのことは、どちらを選択してもいいというか、

選択結果から、逆にエドガーの心情をほりおこすことになるわけですが・・・。

どちらにしようかな?

と、いうところで、憂生が戸惑うわけです。

すると、ここで、ぶつぶつぶつぶつ・・・いいながら、考えをまとめていくわけです。

どちらでも良いということは、ベストな決定がないから、どちらでも良いわけです。

もうすこし、エドガーの心情をほりさげてなおさなきゃならないと、いうところでしょう。

ですが、ここにぶつぶつ、書いているうちに、もう一案、うかんできました。

ぶつぶつをかいてみると、客観視?らしきことが出来るというのがあるのでしょうね。

考えをまとめるために各々をプロトとして、かきたいところはあるのですが、

書いちゃうと1書入魂なもので、それが、本編になってしまうという不器用な奴なのです。

分岐点で、分岐分だけのストーリーを追従して、構想を進めていくという器用さはありません。

だからこそ、書き直しはしない(できない・・・)し、書き終えたら、別のものにトライしていくというパターンも、一発書き故の産物だとおもえます。

ロビンの瞳に寄せて・・・

憂生は「うい」と読みます/大笑

故に憂生's/白蛇・・とか、別の場所ではWITHHAKUJYAってアドレスをいれています。
このあたりは、「憂生’sワールドにいらっしゃい」ってな日記もありますので省略します。

で、問題のヴァンパイヤですが、この作品は萩尾望都の漫画「ポーの一族」の二次創作ですので、
元々の設定がヴァンパイヤです。
映画のインタビュー・ウィズ・ヴァンパイヤより、秀作でかなり古い作品ですね。
30年?以上まえの作品じゃないですかね。
BL漫画の神話的存在である「風と木の詩」あたりの竹宮恵子と双璧をなす漫画家のようです。
古本屋でみつけて、ちょっと、読んではまって、二次創作をかいたのが、

秘めやかなる想いは五月の空に・・
ロビンの瞳はその続編を書こうとして随分まえから放置していたものです。

エドガーもアランも14歳の少年という設定ですが、ヴァンパイヤとして生きていた歳月をかんがえますと、今だったら、300歳?くらいじゃないでしょうか?
大人だったら、責めちゃ・・・という以上の大人過ぎるでしょう。

原作はかなり、良いものですので、機会があったら、読まれることをお勧めしますよ。
昨今のヴァンパイヤブーム(なんだっけ?TVとか漫画で)のせいもあって
イメージがかなり軽いものに思われやすいのでしょうが、
旧知のなかには根強いフアンがいますね。
ポーの一族の二次創作にもかなりヒットがあったものですし、
原作を知ってる方からは、URLの作品についても、原作のポイントをよく把握している作品だと
おほめをいただいたことがあります。

比較的、二次創作もかいてます。
SO2シリーズもそうですが、このポーの一族のほかに、犬夜叉の蛮骨×蛇骨もシリアス路線で。
今でこそ(一度、hakujayaを解体して、今年1月末に集大成しなおすためにhakujyaをとりなおしたせい)
検索ページのトップからおちましたが、だいぶ持ち直してきてる作品です。

*憂生/笑は(片腹痛い)*については
「貴女が自分に思い当たる部分」という回答をしておきましょう。

貴女が(片腹痛い)と思われている。と、感じるのでしょう。

憂生は正直、そんなちまちましたことにかまってられない人間ですので
(そのあたりはカテゴリーメッセージとかでも読んでくださるとわかりやすいです)
凹んだとり方についての、考察も他の場面でもでてきています。
受け止め方という部分では、憂生はかなり心配性です。
(受け止められ方ではありません)
何気なく発する言葉の裏側心理から、その人の持つ環境や過去みたいなものまで、
心配してしまいます。
実際、これも、多くのネット友人とのかかわりがあったせいだとおもいます。
恋人を亡くして・・という人が多くいたりして、
現実において、結局、狂気のはざまにおちていった人とか、
不遇の果てに亡くなってしまった人とか、
早く気がついてなんとかしてあげれたらという自分への責めが
心配性を誘発させてしまったようですよ。

ロビンの瞳(ポーの一族より)・解説?

前作、秘めやかなる想いは五月の空に・・で、いろいろと、消化不良の部分があり、すぐさまに、ロビンの瞳をかきだしたのですが・・。
他の作品を書き始め、酷い時には6連立で同時進行するということをやってました。ロビンの瞳を6年以上放置していた裏側に、どうにも、BLくさくなる設定に嫌気がさすというのがありました。もちろん、BL仕立てのものを書いてないわけでなく、SO2シリーズや蛮骨×蛇骨、変則的な時代物ギャグ、新之助シリーズでもそのモチーフをつかっています。
ところが、ポーの一族の設定の中のBL仕立てというのは、彼らがヴァンパイヤであるという事で底に敷かれる生き難さや、300年近く少年のままで生きているという老成した部分との兼ね合いで、単純なBL(本人同士の思い)という捉え方では、掴みきれない部分があり、やるせない虚無感、孤独という部分を混ぜ込んだBLになりきらないBL感情を書くことに、憂生の限度を感じていたのです。
相変わらず、遅々とした筆使いですが、いい加減、しあげてしまわねばならないと思っています。

考え直し

ロビンの瞳を書くにあたり、下の記事にもあげたように、
「老成した部分」というのが・・・。
少年のまま生きていく生き難さ。。
そこから、生じる孤独感というものがあるわけですが、老成した部分をもってしても、解決できないということです。

何百年生きていようと、人間(いや、この場合は人間じゃないですが)
は、孤独という病を克服しにくいものなわけです。

かくいう憂生の現実感覚においても、
「どうしようもない孤独感」というものがあり、これは、過去日記でも

「孤独をどうにかしようとするから、えらい目にあうんでっせ」
ってなことをかいていて、
白蛇抄邪宗の双神の中でも、「孤独という風にふかれているしかないんだ」と、いうことを白銅にいわせているわけです。

実際、憂生も孤独を孤独のまま、うけとめるしかない。って、やってきてるわけですが、

時折、「理不尽」だなって思うわけです。

なんとか、しようとは思わないけど、
どうにもならない痛みを感じる時
なんで、こんなことになっちまうんだ。って、自分の存在ごと否定しかねなくなるわけです。

もちろん、いろいろと、「なんで、こうなる?」でなく「必然である」と考えようとしますが、どう必然かというのが、つかめないわけです。

ロビンの瞳をたとえにあげれば、
少年なまま生きながらえる人間でない存在というのは、癒えることない孤独なわけですが、この孤独をなんとかしようとするのなら、エドガー達は自分の存在を消滅させるしかないわけです。

いいかえれば、ヴァンパイアとして生きなきゃいきられない以上孤独はついて回る。

今、エドガーは孤独をなんとかしようともがいているようですが、それさえも、生きているからこその孤独でしかなく、
ある意味、白銅のように
「孤独のままに、孤独に吹かれているしかない」という境地にたてればよいのでしょう。

そんな風に憂生も自身について、そう考え直してみたりもしますが、やはり、心の底で納得できないわけです。

まあ、エドガーでいえば、
「なんで、ヴァンパイアになんかなっちまったんだ」って、ところで、
故に自分のままでいきながらえていれるわけで、孤独と命が表裏一体のような状況であるわけです。

それで、どちらか一方を失くすことは不可能とわかっていても、「なんで?」ってのは、でてくると思うわけです。


で、此処から、憂生自身です。

先日、TVみてて、被災地の市長の一言でした。

地震のほんの4、5分前に奥さんと電話で話・・・そして、地震。

市長であるということもあり、奥さんを捜しにいくよりも、市・市民のことを優先した。

捜しに行くこともままならず、25日めに遺体が発見されたそうで、
そのときのこと、市・市民を優先しなきゃいけない立場だったこと。いろいろなことを含めて
「宿命なんだ」と、かんがえるようにした。
と・・・・・。


妙にその言い方がふにおちた。

どうして、地震なんだ。と、いうどうしようもない理不尽をうけとめる。

理不尽をうけとめるしかないのが、
「宿命」なんだ。

うまくいえないけど、なにか、この「宿命なんだ」という言葉が、憂生の喉の骨を取り去ってくれた気がした。

そこで、「宿命」ってもの自体をもういちど、さらえなおしてみようかと思ったんだな。

実際、スピリチュアルのことや、手相・占い・物語の中でも、因縁や宿命ってことについては、なんどか、とらえてみている。
だからこそ、もういちど、
「宿命」ってものを考えてみたいと思っている。

ロビンの瞳・・続きを書くにあたって

ちょっと、迷ったんで、此処に書きます。

この先に前作 秘めやかなる想いは5月の空に・・のキリアンを登場させる予定でいます。

元々、キリアンはマチアスに血を吸われ、キリアン自身がヴァンパイアに変化してしまうんじゃないかという恐れをいだいていたわけで、
彼が変化しなくとも、その因子を恐れ、結婚とか?この先の人生をあきらめてしまうしかないとも考えているようです。

そして、マチアスを消滅させることになった元々のわけが、エドガー達なわけで、
虚しさとひきかえにキリアンの人生をかえてしまったという理不尽な結果への怒り・恨みとあいまって、マチアスを消滅させた恨み、怒りもあるわけです。

醜悪なるおぞましい、人間でない存在を、消滅させてしまおうという心理は、魔女狩りの心理にも近い気がしますが
魔女狩の心理は一種集団ヒステリーであり、デマゴーグにあやつられているわけですが、

物語中のキリアンは、自分の人生と友人をつぶされたという事実があるわけですから、人生諦め、なげうつだけの想いではないだろうと思えます。

同じような被害がでないこともさることながら、人間の人生をくるわせてしまう行為・存在、そのものを許せないだろうと思います。

前作で、キリアンは
エドガー達を消滅させるために、旅立ってしまう。
と、いうところで、完結させましたが、当然、キリアンは
エドガー達をおいかけて、銀の弾をうちこんでやろうとしているでしょう。

でしょ?

そんなわけで、キリアンが登場しないほうがおかしいという気もしますし、登場させる以上、物語のターニングポイントを担う役をえんじてもらおうとおもっています。

そんなわけで、前作をよんでない方への言い訳ですが、
キリアンの登場は突飛なものではないのです。

二次創作への思い

ポーの一族の二次創作をかいたのは、これまた、古本屋でみつけた本をよみおえたあとに、キリアンはどうなってしまったのだろう?
と、いう疑問が残ったせいだった。
萩尾望都のイラストは高いものになると、60万ほどの値段がつく。
根強いフアンがいるのも、知っていた。

作者がキリアンを追従しなかったのは、本編とずれるせいかもしれない。

あえて、謎のまま、のこしたのかもしれない。

もし、因子が開けば、キリアンという主人公のヴァンパイヤの話をかかなければならなくなるかもしれない。

作者が不問にしたところにメスをいれてみるのは、危険だとも想った。

巧くかけても、かけなくても、
原作のイメージをそこねかねない。

だが、あまたのフアンを敵にまわす覚悟でかいてみた。

いつもどおり、流れにそったままかく。

これをやった結果、結局、謎の設定のままでしかなかった。

作者が謎にしたことは、書いてみて、頭でなく、体感?で納得できた。

だが、もっと、大きな疑問が残った。

何故、エドガーはロビンをむかえにいこうとしたのだろう?

仲間にいれようとしたのだろうか?

さらにマチアス。

彼も仲間にむかえようとしていたのだろうか?

ロビンを救えなかったエドガーの心を軸にして、

さらなる、続編をかいてみたいと思いながら、随分放置していた。

萩尾望都のフアン、正確には、ポーの一族フアンが
何度も訪問してくださり、続きができていないと、帰っていく。

ここでも、おなじくりかえしはするまいと想う。

だから、いいわけをしておく。

うまく、書こうとするのは、やめようと想う。

だから、がっかりさせるだけになるかもしれない。

それでも、書いていこうと想う。

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