画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ぬながわひめによせて

やっと、うごきはじめたかなあ。

と、おもったり。

どうも、すぴ系にいくと、こちらの変な部分がww

反応してしまって。

どうも、実感で動いてない。

と、いうのかなあ。

高次元とか、神様とかとつながるのも結構なことだとおもうのですが

根本は自分の思いなわけだし

基本は「人を思う」ということだし。

ここをかんがえていったら、

先にかいたような、厳しいとこもたなきゃならないとも思うし。

結局、本人が「実感」していくというかなあ。

ここをいくら、いってみたって、

「具体性」がないもの

推し量れないものごとでしかない。

自分で歩いて、自分で掴んでいく。

その人その人の持分で辛いこともあるだろうし

そんなに苦労しなくてすむひともあろう。

憂生自体の苦しいところも

自分で歩み、掴んでいくしかない。

まあ、もっと、いえば、

もう、人の段階じゃないなって、変な思いがしてる。

国といっていいかな。

そのてはじめというのが、

今回、かきたしていった部分。

上を思う心と、

上が下を思う心。

こういう構図が、どこにでもある。

先生と生徒。

親と子。

上司と部下。

政治と民衆。

上が上らしくないことが世の狂い。

下が下らしくないことが世の狂い。

すこし、ここにふれて。

縦の筋目というもの。

柱というもの。

考え直してみたいと思っている

またも、ミステイク

さてさて、


美穂に現れたにぎはやひと言う設定も

異論多しであろうと、思う。


ま、これは、実に残念であるのだが、

その記述がある、文献がなにであったかさえも、

書き留めていなかった。


三保崎のことしろぬしがよくつりをしていたといわれる

海にくだる崖の上に鳥居がある。


これに、河野氏の家紋があった。


妙なことである。


ただ、河野氏は伊予のものだったと思う。


伊予にはにぎはやひを祀る神社がある。


また、にぎたつの土地名も

ににぎ、に関連するものといわれているが


にぎが発つ


にぎはやひが出発したともとれなくない。



そして、羅馬船。

すくなひこがのってきたというものであるが

かがみ船と読む。


羅馬の文字の意味は馬を連ねてというような意味である。



この文字と音に着目すると


万葉集の漢字使いに話がとんでいくので、ちょっと、おいといて。


かがみなど、三種の神器など、を相手に渡すのは降伏の印である。


馬を連ねて乗せてきた船はへさきに降伏のしるしをかかげていた。



献上品として馬をつらね、敵意はないと鏡をかかげて

すくなひこは大国主命の元にやってきた。


このすくなひこがにぎはやひであるという話もあって

また、大物主。(海中から和魂。奇魂があらわれて・・という話が有名だと思う)

これが、にぎはやひであるといわれたり、

おまえの和魂と奇魂であるというのだから、大国主命=大物主だとか。



いずれにせよ、出雲建国に加担した人間(じゃないのかもしれんが/笑)は多い。


で、羅馬船が馬をのせてきたんだとするのなら

馬はどこからつれてこられたか。


う~~ん。足らん記憶力でかいてるからわすれてしまってるが

対馬とか、伊予の半島だったか、野生馬がいたらしい。


で、河野氏が馬をつれてくることが可能だったと思う。


この功績があったため、鳥居に紋を掲げられたと考える。


そして、美穂神社には諸手船神事だったかな。

国譲りのさまとおもわれる神事が残っている。


その文献に、にぎはやひの名前をみたのかもしれない。


すくなひこ、さながら、にぎはやひが河野氏のうしろだて、信奉?を得て、

馬をつらねてにぎたつの浜から出発した。


と、してもおかしくはない。


そして、天孫・・元、天孫?であったのなら

アマテラスと対等にしゃべれるだろう。


また、三保にかけつけるくらいであれば、

当然、アマテラスやそのあたりの事情、状況に

かなり深くかかわったのではないかとも思える。


こういう考えで、にぎはやひを出雲大社の謎解き役にもしたてあげたのだが


さて、このさき。


ぬながわまでいく。


こんな記述はどこにもない。


だが、物語上、ああいう風にかかわったなら、

いくだろう。


まあ、創作談義になってしまうが

人物の思いからかんがえても、それが自然だと思う。


では、史実からあまりにもはなれすぎた、

にぎはやひの行動をどうするか・・・。



ま、そこを都合よく、なんとかするための、たねは

すでに埋め込んでいる。


うめこんでいるのを、すでに気がついていらっしゃる人もいるとおもう。


いっそ、憂生もしゃべってしまいたいwww


でも、それこそねたばらし。


いや、たねばらし・・・。


にぎはやひが登場したのも、いささか、唐突であろうが


ラストで唐突でなくさせてしまいたいと思っている。


が、そんなことより、


バックグラウンドをしきつめてなかったのに

まずったと思った記述。


ー母と妻であるぬながわひめの顔がうかぶ。ー


の、一節。


あったことあるんか~~~~~い?


しりあいかよ~~~~~?


どうやって、顔みた~~~ん?


つっこまれたら、逃げ場がない。

先にばらしておく。


甘い設定、あるいは、バックグラウンド不足。


ごめんしてにゃ!!


どうすべえ

どうも、書くに迷うとぶつぶついうのが、憂生の迷い脱出法らしい。


と、いうか、整理法というべきか。


で、何にどうまよっているか。


アマテラスの死体八つ裂き(九裂きだが)事件。


だが、その前に八つ裂きというのは、

八つに裂くことなのか

八回裂くことなのか?


八つに裂くというのは、ケーキで例えれば

8個のケーキに切り分けることだが

八回ナイフをいれたらケーキは9つになる。



ま、これは、やまたのおろちでもひかかった。


手で考える。


横並びで考えると(ぱーの状態)

指は5本で指のまたは四つになる。

手をすぼめて、親指と小指のあいだもまたと考えると

指は5本でまたも五になる。


やまた(八又)のおろちの首が横並びに見えるとしたら

八又なら頭は九になる。

頭が九・・九頭・・・。

出典がさだかでなくなってるが、やまたのおろちは

越の国からやってくるというのがある。

越の国・・・継体天皇を輩出した福井には

九頭竜川という川がある。


ヤマタノオロチ=九頭竜?



ま、これ、まだどういう関連があるか、いわくがあるか、調べ中。


八つ裂きもまあいいや。

ついひかかってしまった。


で、その八つ裂きってので、

怨念ふさぎの前例がみあたらんわけだ。


帝都大戦で有名になった加藤清正だったっけ?

うろおぼえじゃ・・・。


耳塚とか、死体をばらばらにして怨念封じをやったとか。

逆に第二次世界大戦で「祈り」というか「呪」で

ヒットラーを呪い殺そうとした巫だったか、坊主だったかの集団祈祷。


密教もこういう力を使えるらしいし、(奥義というか、裏なのかもしれん)

思いのエネルギーのすさまじさというのは、お岩さんにしろ

昔から伝えられてるところなんだけど、


たたり?を封じ込めるというか、

もっと、原初的にたたりをおそれてという、前例がみあたらない。


それで、アマテラスの怨念ふさぎというのが、

うまく立件できないという。


加藤清正だしてくるわけにいかんし・・・



またもでたとこ勝負か・・・・。


で、ぶつぶつぶつぶつ・・・


どうのりきろうか・・・・

ぬながわひめのこと

(ぬながわひめ)の表記はいくつかある。

奴奈川(河)姫


沼奈宣破比売


この2つを良く見かける。


だが、文字の意味合いをかんがえると、

2つの複合体が本来ではないかとおもう。



奴奈宣破比売である。


沼が奴にかわっているのであるが、


奴は「ぬ」の音をあらわす代字である。


その「ぬ」は翡翠を指す。


奴の文字も女が又・・肩口から腕を伸ばしていると見ると

翡翠の玉に手をかざしているがごとくイメージがわきあがる。


奈は接続詞かな?


津と同じ意味合いだと思うが、

くわしく調べてないが、津はフランス語の男性名詞のようなものかもしれない。

奈はその段で女性名詞(接続詞)


宣は茅のことで、先の記事にあげた。


のたまう。選手宣誓の宣。宣託の宣。


破は、宣破とふたつくっつけて考えたほうがわかりやすい。


宣告でもわかるが、宣はあえて、言う。大事なことを告げる。

神からの伝言を言う。など、言う内容も誓いとか、神事だとか、

聖の部分にはいるだろう。


で、破る。

これは、見破るとかとおなじで、

宣破で、言い破る。


これらをつなげる。


翡翠を扱いて、物事を(時に未来を?)いい破る比売。



と、こう考えると

奴奈宣破比売のほうが妥当なきがする。

ぬながわひめによせて

いまさらのごとく、ぬながわひめに向かっている。

この物語?を書くときに、いや、かきながらであるが、

迷いこむ物事がある。


アマテラスとスサノオの高天原でのいざこざ。

アマテラスが岩戸隠れをおこなうわけであるが、

この物語はそれをなかったものとして考えている。


岩戸隠れはあったが、スサノオとのいざこざのせいではなく

政権掌握の布石として、アマテラス自身を神格化させるために

日食を利用したというものである。


ところが、どうしても、スサノオの横行に悲しんだ末の天の岩戸隠れが、あまりにも定説?になっているため、定説を覆して書いているのに、ついその定説にひっかけられてしまう。


書いてる本人がこうであるから、読んでくださった人も線引きがずれてしまうのではないかとおもう。

すびばせん。

本来、もっと、スサノオとアマテラスの確執?を書き込んだ上で書いていくべきだったのではないかとおもいます。

が、今回はできうる限り、タイトルでもある「ぬながわひめ」サイドの視線でかきたいとおもっていますので、スサノオとアマテラスの場面を割愛しています。


および、美穂と三保の両方を使用していて、判別付きにくくなっていると思います。

三保はあのあたりいったいの地名で

みほすすみ(美穂須々美)の名前から、つけられたものだそうです。

いかに民衆に敬愛されていたかわかります。

おそらく、母、と同じく翡翠を扱うことのできる巫女だったのでしょう。

母、ぬながわひめは、その土地にはいると美穂津姫ともよばれていたようですので、

こちらが三保の元かもしれません。

で、みほすすみなどが住んでいた場所については、

三保ではなく美穂としています。

ことしろぬしのいわくのある三保崎もあえて、美穂崎にしています。

うちまちがいでなく、わざとです(うちまちがえてるのもあるかも)


あと、にぎはやひが登場しますが、これも、さる文献に

国譲りのときににぎはやひが美穂神社(ことしろぬしのもとに)に、はせさんじたという菰術があるのをみつけたせいです。

アマテラスのはかりごとやおおなもちの真意をくみとらせる役者がたらなかったのが大きな要因ですが、

にぎはやひでなければ、アマテラスにこれまた抹殺されてしまうということで

にぎはやひの投入がおおきく扉をあけさせてくれることになりました。

多少、疑念?が残っているのがことしろぬしです。

彼はなぜころされなかったか?

逆を言えば、なぜスサノオとおおなもちを殺す必然があったかになりますが、

この語ことしろぬしの血筋から天皇を輩出していくことになります。

(だと、おもう・うろおぼえ)

なぜ、それが可能だったのかも、現時点の国ゆずりのことしろぬしから、いっさいうかがうことができません。

このあたりも物語にして手繰っていきたいと思っています。

また、次には

スサノオとアマテラスの確執から、出雲大社建立の真の理由までを書いてみたいと思っています。

関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
7129位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2519位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。