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あいもかわらず、荒唐無稽

宇賀や吹き会えず

いや、うがやふきあえずとうって、変換かけたら、

上の字になってしまったんだけど、

なにかしら、最近はこういう変換が的をえてるきがしてならない。

思いとかくときに、奇妙に「重い」と変換がかかるときがある。

通常、重いというのは、ほとんど使わないから、

よく、使う思いのほうが、優先語句になるはずなのだが・・。

さては、この思い方は「重い」のだなと、苦笑するしかない。

いいだせば、思い方の方の字も、最近は

「ほう」と、うって、出している。

本当は法なのだ。

思い方しだいで物が物事がよくなっていくというのなら、

思いというのは、実は「方法」なのだ。

もう、最近は憂生のパソコンはこういう妙に悟った?語句を提示してくる。

前にもかいたが、

渡す。闇すになってしまうし、(渡すというのは、心の間の闇(悪い部分というのでなく、見えない部分(愛とか)を渡すということだから、良い思いで渡す)

捉えるが、朗ꆅるになる。(物事を捉えるのに、ほがらかにあきらかになるのが、本当の捉えるということだろうと、解釈した)

生きるも、Ƅるも、Ƅでひけば「二」という片仮名になる。LƄるとでるのだが、

前にも書いたので、簡単な説明。活気のある地球。これが、LƄる。

まったく、よくわからん、説明であるが、

憂生は憂生でこの解釈でいろいろ、考えさせられたところが大いにある。

誰だったかの、文章で

どうしても、どうする、とかの「どう」が「ドウ」になってる人がいた。

どうもパソコン電子脳が、学んだことで、「ドウ」せよ。と、うったえているようにみえてしかたがなかったwww.

まあ、最近はパソコンまで、アセンションしたのかと思えてくるwwww.

で、宇賀や吹き会えず・・・うがやふきあえず。

ぬながわひめをほうちしたまま、

どうも、このうがやふきあえず王朝について、かいてみたいとおもってしまう。

王の舞という、のが、宇波西神社にのこっていて、

と、いう話はどこかにかいたが、

どう考えても、海幸彦と、山幸彦のはなしは、

うがやふきあえず王朝の政権交代あるいは、

滅亡というか、それをあらわしているとおもえてしかたがない。

と、なると、西からの波にのって、やってきた宇が、うがやふきあえずで、

近くに日向(ひるが)という地名がのこることからみても、

うがやふきあえずは、九州、日向からやってきたとかんがえたくなる。

高千穂が高天原だったという説もどこかうなづけるものがあり、

そこを舞台にいったい、なにがあったか・・・。

古事記にみられる、不思議なスサノオの行動。

これも、なにを象徴しているのか?

勝手な類推で、

宇賀や吹き会えずの変換をなぞといてみたくもある。

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