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いみじくも・・・

チャクラの痺れは

あいかわらずなにかがきていて、

本人に何かをつかえてくれという事だと解している。

最初の頃はこれが幻惑感で頭全体が

ぼう~~とした感じにおそわれて、気味が悪かった。

亡くなった女性の憑依が

「伝えたい事がある」という状態だったのだと気がついても、

まだ、ほかの人の幻惑感が

おなじことだとは気がつかずにいた。

そうするうちに、メールが白く光る人の後ろの何かからの

はっきりと、憑依?降臨?がわかり、

伝言をつたえたわけだけど、

これをしばらくやってきて、

なにか、勘違いしている自分に気がついた。

人に伝えてることは

「自分が自覚することだ」

と。

多くのスピリチュアラーが、

自分の魂とやり取りをせず

天(宇宙?)や神とやりとりをしている姿も妙に思えた。

多くのスピリチュアラーが

自分の外の力にすがって、

神?の伝言を伝える巫や巫女になっているように思えた。

本当は自分の魂を(天)の次元にまでひきあげなきゃならない。

人助けをしながら(自分を助ける)、自分を自覚して

折り目、筋目。筋道、定規(情と義)を自分の中で本物にしていく。

すると、自分の魂から、いろいろと不思議な力がわいてくるようになる。

どうも、憂生は自分の役目が

「魂」が天の次元に成ることこそが

大事なんだということの「見本・ひな型」にならなきゃいけないようだと

思い始めている。

確かに、憂生も今、シリウスや昴やそういうものに象徴される

エネルギーをうけているけど、

これも、何のエネルギーをうけているか?

って、ことを考えなきゃいけない。

昴をたとえれば、昴の星の意味は日を仰ぐ(星なので人偏が無い)

これを自分に当てはめると、

日=ひ(魂・御霊)を仰ぐ。

実は宇宙にしろかみさまにしろ、

全部自分の中のものを見せてくれている。

いくら、神様がおろうが、宇宙がおろうが、

自分に魂が宿らなければ

神様も宇宙もない。

根源神とは、自分の中にいる。

これが、わかってはじめて、

自分が生かされている事がわかる。

これがわかって、

神の命(命令?)

天の命

宇宙の命

が、見えてくる。

すべて、自分の魂への「伝えごと」なんだ。

これを判らずに、見えた神を拝む。

チャネリングをやって、神や天を使いまわす。

違うんだ。

まず、自分の「魂」を天の次元にするということ。

そのためには、今の自分がどの次元でものをやってるかを自覚する必要がある。

察するに憂生はまだ、

「拝みや次元」

いいように、何かに使いまわされてる状態なんだけど、

見せられていることはどういう事なんだろうと思う。

なにかを伝える役目だけではないはずだと思っている。

自分の魂を依る。紐を依るように、自分の魂によりをかける。

おそらく、真のスピリチュアラーの本来の役目もそこなんだ。

自他ともの魂を依る。

この次元のスピリチュアラーの出現を待っているものが居る。

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