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スサノオと海の民族と・・茅

友人へのメールをかいていて、

そのなかで、ふと、おもった。

まず、とりとめないメールを添付。

蘇民将来の茅(ちがや)をおもわすな・・・。
かや⇒茅
ちがや⇒茅
並べたけどおんなじ字だよね?

鞆の沼名前神社が祇園社の発祥のようで、
元々、スサノオがそこら辺に立ち寄った時の話がもとで・・・。

蘇民将来の兄は金持ちで
武塔神(スサノオ)はコタン将来のところに宿をかりにいったのだが、
コタン将来はことわった。
蘇民将来は貧乏だったけど、できる限りのことをしてもてなした。

それで、遠征?のかえりに武塔神は
実は私はスサノオだとあかして、
蘇民将来への礼として・・。
疫病が流行った時に蘇民将来の一族は疫病にかからないようにしてあげよう。
蘇民将来の一族だとわかるように、茅を目印にしなさい・・・。

てな話があって、これが、祇園社の元になるようで、
祇園社というのは、祇園精舎からの命名で、
で、祇園精舎を護るヒンズー教?のなんちゃか?
仏教でいうのか?牛頭大王というのが、祇園精舎、仏教・仏教徒を守護するわけで、
スサノオが牛頭大王に転生したとか・・・。

話ずれついでに、
牛頭ってのが、妙なもんだとおもっていたら・・・。
この間の千木。
どうも、あれは、元々は牛の頭?角をあらわしていて、
牛の頭(角?)(骨)をタイとか?ではのせていたらしい・・。

ヒンズー教では、牛は神聖視されてたっけ?
豚?

そういう意味合いで、牛の頭が千木のもとだったたわけで、
牛頭という事自体が結界とか・・・そういう意味合いがあるから
牛頭大王が護るというのは当たり前の話で、
なぜ、スサノオがそこにむすびつけられたのか?

疫病から護るくらいだから、
仏教ならなおさら・・・てところか?

で、[こひちろうのひとりご]の中に
府中?かどこかの峠で、スサノオが海の民族と別れをおしんだってのがあるんだよね。


つまるところ、鞆とその辺りはスサノオのルートで・・・。


かや川の名前からも茅(ちがや)をそこから、もっていったとか?
神の谷の川にはえている茅は霊験あらたかとか?



元々は「音」だけだったんじゃないかともおもうから、
かや川の神域をかんじて、神谷とあてはめたのかもしれないし・・・。

*******

新市あたりに流れる川の名前は、神谷川といい、

それを

「かや」川と読むときかされたことにはじまるのだけど・・・。

蘇民将来というのが、いわゆる、府中?の峠まで

スサノオを送っていった海の一族ということではないだろうか?

そして茅のことは、その時にスサノオが教えた。

帰り道、海の一族は神谷川にはえる茅をもって、

鞆にかえっていった。

神谷川の上流あたりでは、今でも、井戸?があり、

その水をくみあげて、生活用水につかっていて、

水道代がほぼ、ロハのところがあるとかで、

この湧水についても、かなり古い信仰があるようだ。

スサノオの時代から、湧水については、神聖視され、

それなりに「お水さま」として、祀られていたのではないかと思う。

その水の基が神谷川であろう。

故に神谷川はお水様の神室だったとも思える。

そこに生えてる茅ならば、もっと、霊験あらたかというもんで、

海の民族が鞆に帰るときに茅を持って帰ったとも考えられる。

通常の人間心理を考えても、そういう「方法」をおしえられたら、

さっそく、試す?というのがあると思う。

話を聞かされた海の一族は帰り道に早速、茅をもってかえることにしたのではないだろうか?

それが、沼名前神社においての疫病の社?(前記事に名前がでている)になった。

*スサノオの足跡がつながりはじめたきがする。

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