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ピラミッドと太陰暦。

この間から気になっている事が在る。

ピラミッドと太陰暦。

ピラミッドは当然、太陽暦だと思う。

ラーという太陽神への崇拝もあり、太陽との密接な結びつきを感じる。

だが、大前提である、ピラミッドは太陽暦の所産であるという考えから

はたして、なりたつかどうかも疑わしい。


太陰暦は月の満ち欠けなどから、

稲作の時期や汐の満ち引きを知ることが出来る。


だが、エジプトにおいて、稲作や汐の満ち引きはあまり関係ないなら、

太陽暦で充分であろう。

そして、舞台を日本に移す。

アマテラスは太陽神であると考える。

日本にも、環状列石やピラミッドと思われるものがある。

まちがいなく、それらは太陽暦に繋がるものであろう?

で、あるのに、何故、日本は太陰暦だったのだろう?

太陰暦の発祥は紀元前の中国にあるといわれる。

天文敦煌との結びつきもあり、かなり、早い時期に

太陰暦の外枠が出来上がったと思われる。

それが、日本に来た?

と、考えるべきだろうか?

エジプトで太陰暦が成り立たなかった(かも?)理由と逆の理由で

日本には太陰暦は受け入れられた。

稲作の時期もおしえてくれるし

何よりも、島国という環境を考えると

汐の干満も日本には中国より重大な日常であったと思われる。

日本が太陽暦よりも、太陰暦を重視したのもわかる。

実際、太陰暦【旧暦】を繰ってみると、驚く。

たとえば、7月が2度あったり・・。去年だったかな?

すると、その年は確かにはやいうちに夏になって、

残暑も長く続いた。

旧暦を知るものと話をすると、以下のような会話になったものである。

「10月にはいってもまだあついね」

「今年は7月が2回あったから、旧暦ではまだ9月だ」

むろん、太陽の周期は変わらないので

日照時間とかはちゃんと10月になっている。


このほかを言えば冬。1~2月が一番寒いのだが、

これも、およそ、一月ひいた旧暦で考えると

12~1月になり、冬の時期として、納得できる。

実際の時期というか、気温と言うか

そのあたりは、太陰暦のほうが実情に合っている。

寒すぎては稲が育たず・・。

夏が2度続けば、干害への対応も必要になる。

太陰暦は四季がハッキリしている日本では必須な暦だったと思う。

こういう太陰暦がはいりこんだことにより、

日本のピラミッドは衰退?したか?

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