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スクナヒコとキリスト

ポリネシア白い海神ワケアが渡来してきた白い神で、それが、キリストであるという。


そのワケアが日本に渡来した。そこが「わかやま」で、ワケアに因んだ。

そこで、記紀を調べた記事の作者は

ワケアにあたる神を見つける。


それが、スクナヒコであるという。


古事記によればスクナヒコは「天之羅馬船」に乗って日本海から渡来した海神であるという。

古事記では、「天之羅馬船」は(あまのかがみぶね)と読むが

羅馬はかがみと読むより、現代ではローマの当て字で読まれている。

この当て字の発祥が「かがみ」からきているとしたら、もう少し羅馬の意味を調べなければいけないが

ちょっと、話がずれるので、おいておく。

つまり、スクナヒコはローマ方向から来たのではないか?

と、いうことになろう。


さらにスクナヒコは最後に

「熊野の突端から常世の国に帰った」と古事記には記されており

さらに、本居宣長の古事記伝には

「常世の国に帰り、後まで外国に鎮座する」

さらに、文徳実録にて

「我はオオナモチ・スクナヒコである。昔この国を造りおえ、去りて東海に行く。今、民を救おうと帰来した」


このいくつかの記録と

ワケアの伝承を照らしあわせると

「西の海から東の海へ」旅を続けていることが一致する。

そして、オオナムチを

偉大なナの国の王とと解するとイエスの時代と同期だという。


つまり、イエスが日本に来てスクナヒコと呼ばれ

日本の礎になったと・・・。


正直、ありえないと思う。


なぜなら、先に書いたことが有るから。


仏教のルートはわからないがスリランカを中継点にして

仏教がエジプトのキリストに影響を与えた。


ローマに戻るまでの間にあちこち、流離ったというのだろうか?


12歳の年で仏教を踏倣しはじめ、30歳までに

悟りをひらき、あちこちを流離った?


そんなに簡単に悟りを開き、ポリネシアや日本まで布教活動をしにきた?


悟りを開いていなくても良いじゃないか?

と、思われるかもしれない。

だが、悟りを開いてないものの教えは実を結ばない。

つまり、オオナモチ・スクナヒコである。昔この国を造りおえ とはならない。


そんな疑問を抱いていると竹内文書があった。


「イエスは21~33歳まで古神道の教えを求め来日した・・・」


これだったら、解かる。


すでに、日本には古神道があり、その教えを受け、ローマに帰った。


古神道の教え。


だが、これもいささか、?である。


仏教では無い。


だが・・・。


地におりたった神でなく、創造主にちかい存在を多く祭る。

すると、ここでも、

天を意識し和を掴み取ったスサノオを思う。


キリストがここを掴み取ったとするのなら

仏教教義にさも似たりだ。


すると、スクナヒコはどうなるのか?


憂生はやはり、これをニギハヤヒと考えたい。


古事記の中で天の岩舟に乗る存在として名前を記されている。


そして、どこかの章にもかいたが、美穂崎神社の神事から・・。

そこにも、ニギハヤヒが居る。


すなわち、またも、ニギハヤヒが現れたのだ。


今度は岩舟でなく、羅馬船で。


かがみ船・・加神船。

天の子・・神が加勢しにきた船。

これでは、まずい。


スサノオの死を隠蔽したごとく

加神船も隠蔽する。


いや、素直にキリストがのってきたと考えてもよい。


だとすると、竹内文書からかんがみると

キリストに仏教教義?らしき観念を与えたのは日本だという事になる。


こんなことを考えると、日本はやはり根源であると思いたくなる。

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