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屋根の様相は確か、国津神(地方豪族)のものと記憶する


近所に八幡神社がある。
氏神であるのだけど・・・。

祭ってる神・氏神を確認していないのだが、不思議な気がする。

まず、はじめに鳥居がある。
石段を上っていくと。寺によくある、
阿吽像。が、山門を守護している。

そして、さらに上ると
神社に行き着く。

神輿もあり、神輿には、八幡大菩薩の使いといわれる鳩が描かれている。

屋根の様相は確か、国津神(地方豪族)のものと記憶する。

はて?

鳥居があって、神社様式であって、
菩薩?

憂生の勉強不足だが、
こんな形態、ほかにあっただろうかと想う。

山門があるのは、寺。

仁王を山門に配置するのも寺ではなかったか?

東大寺の仁王像。
寺だよな。

寺形式の建物を、立て直すことがあったとしても、まさか、神社には立て替えないだろう。
もともとの形が継承されたと考えたい。

と、なると、ここは国津神の神社だったと考えられる。

それが、戦国時代?に勢力を伸ばした
他の豪族により、八幡大菩薩が祭り上げられた?

だが、待てよ。

菩薩は仏教だろう?
だったら、山門は納得できる。
だが、
神輿は?神事だろう?

他の神を失念してるけど
じっさいはそのほかの神のための
神社?

神輿のことはよくわからないが
そこに鳩を描くとなると、
神輿の神は
八幡大菩薩になる。

菩薩は神か?

なにか、仏教の祭る観音や阿弥陀や如来や菩薩・・・という
一連の観念ではすんなり理解できない。

ほかに、こういうところがあるのだろうか?

八幡神社自体がこういう構造なのか?

元々、祭られていた国津神の様式が受け継がれ、祭りは当然神輿。
神主も居る。

あとから、この地方を勢力下に収めた豪族が、八幡大菩薩を祭らせた。

祭り。神輿をやめろとなったら
反抗分子は何を起こすかわからない。
やむを得ず、鳩を彫らせた神輿での祭りを許可?

山門は?
八幡大菩薩のために、あとから建立?

う====ん。
わからん。

そもはじめ、八幡大菩薩とは、なんぞや?
古くは宇治拾遺物語だったか、
清水の舞台だったか?
「南無八幡大菩薩」と叫んでとびおりたら、怪我ひとつなかったとか、こんな話があった。
源氏だったっけ?
駿河丘?八幡宮に参って必勝祈願をする?
たしか、源氏方だったとも想う。
し、武士の守り本尊であったと想う。

まあ、いい。
整理つかない、ごたくを並べてても仕方がない。
ちょっと、これも、保留物件だ。

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