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あらまほし

大神神社(三輪神社)の写真をみていたら

ーあらまほしかりけれー

と、とびこんできました。

口語訳すれば、

ーあってほしいものだー

と、いうことですが・・・。

どういうことになるのやら・・。

最初に白蛇神の写真をみたのは、

友人が撮った神社の薪の炎の中に映しだされた

白っぽい蛇の姿でした。

これを見ていたときに

「じゃえん、ゆるすまじ」

だったのです。

次に感じたのが尚さんの撮った神社(三輪神社だったとおもいます)の写真に

赤い光がうつりこんでいて

それを見ていたとき

「発布せよ」

と、伝わってきたのです。

そして、これが、三度目です。

「あらまほしかりけれ」

憂生のなかでは、すべて、相手の(写真を撮った人)のことだとおもっていたのです。

非常に荒唐無稽ですが、

最初の人は、犬神のさわりがあるようにおもえました。

この方も、ものすごい、めまいを感じさせられた人でした。

この犬神とのことをいうのだろうとおもっていました。

次の尚さんのものも

尚さんは奈良の紹介などしていたので

その影響力を含めて、三輪大神の根本を発布していけよ。

と、いうことだと思っていたのです。

そして、3っつめ。

この方は日本について、天皇について

お話をされているかたです。

「あらまほしかりけれ」

この方の思い・姿は

ーこうあってほしいものだー

と、いうことだとおもっていたわけです。

外側はそのとおりかもしれません。

内側・・。(憂生側)

「邪縁、ゆるすまじ」

ある、邪縁?からの余波が終息した。

「発布せよ」

今回、御霊のことなど以前とは違う部分まで

かきだしましたし、(できるだけ、憂生の実体験部分をかいていきました)

三輪大神(大物主)についても書いていったとおもいます。

ある程度発布していった状態といってよいのでは・・。

そして・・。

心の内側で、こんなことをかいていいのだろうか。

自分への心配はなかったのですが、

教え部分など、自分が通った、自分のものにしている状態とはいいきれない

迷いや悩みのある状態でかいてしまえば、そこに毒もふくまれます。

御霊自体はのぞんでいるだろうか?

師の名前をかつぎだしてしまっていいものだろうか?

まあ、いろいろと、葛藤はあったものの

まずはだしてみなければ、自分もわからない。

と、

ー神秘を口にするなーといういいかたがあるのもわかっていますし、

それをださずに信じてもらえる自分でない(いや、だしてもあやしいが・・ww)

こんな自分でいいのだろうかとも思いつつ、

え~~~い。ままよ!!

と、放り出していったところがあって、

内容的には自分の迷い部分も含む、手探り書みたいなものになっていると思います。

「あらまほしかりけれ」

得手勝手なとりかたかもしれませんが、

あるべき状態になっていたのかもしれないとおもえたのです。

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