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金と銀の夢の鞍

庭に向かう細長い縁側に座布団をひとつおいて、
私は庭を眺める。
縁側のむこう床の間からは、キース・リチャードが流れてくる。
暖かな日差しが差し込み、
私は窓を開放する。
庭と空間を共有すると、
風が懐かしい香りをはこんできた。

私の妻がうえた、金木犀が右に
左に銀木犀。二本の木が花を咲かせ、
その香りがあたり一面を占有していた。

私と妻は見合い結婚だった。
5つも歳が離れていたが、
仲はよかったと思う。

私の仕事も順調で、結婚後、まもなしに、
街道から一歩はなれた路地をのぼった場所の空き地をてにいれた。
山際のせいもあり、格安で、敷地は200坪ちかくあった。

隣家といえば、路地をおりた街道沿いにしかなく、
見晴らしの良い小高い立地条件は
まさに一国一城の主気分をあじあわせてくれた。

そこに家を建てた。

南側に空池を配する山水をつくり、
縁側と床の間の間に雪見障子をあつらえる。

床の間のむこうはダイニングルーム。
はやりだした対面キッチンで、
20畳近くある。

応接室をかねた仏間と続き間。
ここはふすまを取り払えば40畳くらいになりかわる。
いずれ、私が死んだときも自宅で葬儀ができる。

2階に3部屋、すべて8畳にして、一室を夫婦の寝室につかっていた。

暮らしぶりも贅沢を極めていたと想う。
妻の為にピアノを購入した。
その演奏場所に離れを増築して、ホールを作った。

車の車庫にも瓦をつみ、金に糸目をつけない。
妻は英会話教室に通い、週末はいつもホテルのフルコースに舌鼓をうち、
服装に装飾品、すべて、ブランドに包まれ
何一つ不自由なく、不満なく暮らしていた。

ただ、ひとつの不足を除いて。




ただ、ひとつの不足。

それは、私たち夫婦が子宝に恵まれなかったことだ。

不妊治療を行うことになった私たち夫婦が突きつけられた事実は
治療など、何の役にもたたないということだった。

私に問題があった。

愕然とする私に妻は優しかった。

「なにもかも、人並み以上に裕福にくらせていけるんだもの。
ひとつくらい、思い通りにならないものがなけりゃ、
きっと、この暮らしのありがたさをおろそかにしてしまうわ」

確かにそうかもしれない。

私は妻の言葉にささえられ、子供のことはあきらめきれていた。

結婚して、10年、その妻に憂いとかげりがみえはじめた。

考えてみれば、当たり前かもしれない。

私は諦めるしかないが、
妻は子供を産める体なのだ。

体外受精という言葉がある日、妻の口から漏れてきた。

どこの誰ともわからない男の精子をもらいうけて、
子供をつくる。

妻の「女」としての人生を考えたら、体内に命をはぐくむ出産のプロセスこそが大事なのだろう。

だが、私は妻の言葉を聞き流した。

どうしても、子供がほしいなら、養子縁組や里親という方法もある。

なにも、他の男の種をもらいうけなくても、他に方法があるじゃないか。

それが、私の言い分だった。


妻がそういう心境になった、本当の理由に私は気がついていなかった。

妻はそれから、3年後、男と逃げた。

おそらくでしかない。

おそらく妻はその男の子供を生みたかったのだ。

豪奢な暮らしを捨て、私という人間を見捨てる事が出来ず
3年の間、妻は男と私をてんびんにかけ、
最後に男を選んだ。

子供が出来てしまったのかもしれない。

丁度、金と銀の木犀が花開き、芳醇な香りを漂わせていた宵待時。

私は妻の出奔にきがついた。


それから、5年。

失意のどん底から立ち直るのは容易なことではなかった。

ーおや?-




庭に近所の老人がつったっていた。

私をふりむくと、
「ご主人、もう、すこし、手入れをしなきゃいけないよ」
と、わらいかけた。

時折、庭の手入れをしてくれる老人である。
私は妻の出奔いらい、庭師をいれるのをやめていた。

「奥さんは?」
そう尋ねられるのが辛かったし、
噂で聞きかじり、下手に気をつかった慇懃な配慮をうけるのもいやだった。

私は俄か庭師になり、伸び上がってきた松や正木などの剪定も自分でしていた。

見かねた老人が自分の暇つぶしのためもあったのだろう、剪定の補正をしてくれていた。

お礼に剪定代にあたる志をわたしたが、老人はうけとらず、
そのかわりに、庭への出入りを自由にし、好きなように剪定することを
許してくれと申し出てくれた。

この庭に人がはいってくるのは、快くなかったが、庭師をいれていなかった庭がこざっぱりと形をととのえていくことは歓待することでもあった。

老人に許可を与えると、いつのまにか、はいりこんだのか、
庭は見栄えのするものにかわり、
それ以後、時折、老人の姿をみかけるようになった。

私の休日である、土日は老人も家族との団欒があるのだろう
老人をみかけるのは、ごくたまのことであったが、
剪定具合で、老人が庭をいじっていたのは、判っていた。

「お茶でも、どうですか?」
私は老人に声をかけると、台所にはいった。
到来物の羊羹があったはずである。


盆を縁側におき、老人をよぶ。
座布団をすすめたが、かまわないとわらいかえされた。
煎れたお茶を手にもつと、老人は一口すする。
「狭山ですかな?」
お茶の産地をいいあてると、羊羹に手を伸ばす。
「では、遠慮なく」
茶を口に含み、老人はひとしきり、庭を見渡す。

「ご主人。庭というのは、風流な遊びこころがあるものなのですよ」
羊羹をたべおえ、言い出してきた言葉に私はあいずちをうつ。
「ほう?どんな遊び心がかくされているのですか?」
老人は私のあいずちに待っていたとばかりとはなしだした。
「まず、山水の池。あれもそうです」
私は老人の講釈を拝聴することにした。
「あそこにね、石があるでしょう?」
老人のいうのは、枯山水の池の左肩にある小さな置石のことだ。
「あれも、そうなんですよ。あれがないと、意味がない」
ぽつねんとおかれた枯池の左肩にある置石に意味があるのかと
私は石をながめた。
「池とあの石と右よりの大きな磐と、右の踏み石に見える置石で、文字をかたどっているんですよ」
ほう?と私は磐と池を眺め回す。
大きな磐は山をなぞらえている。
そこから、水があふれだし山の下に大きな湖水をたたえる。
雄大な自然を庭の中に凝縮しているという話はしっていた。
だが、字とは?
私は不思議な面持ちで老人をみつめたに違いない。


「心という字をかたどっているのですよ」
3箇所の点を石と磐に配置し、池の淵が中心のレの字を丸くした部分にあたるという。
「この池の淵の楕円はそういう意味なのですよ。庭をながめるのに、
心が澄んでいるか、ゆがんでないか、まるで禅の世界ですな」
老人はさめてきた茶をのみほすと、立ち上がった。

「心の中にすんでいらっしゃる方をながめるのは、おつらいことだとおもいます」
唐突な老人の一言が私の心に刺さった。

老人の耳にも、妻の出奔に孤居をかまえている私だと噂が流れ込んでいたのだろう。

庭の荒れは主人の心の荒れであると、老人は心を痛めていたに違いない。

せめてもの、いたわりに庭の手入れをしてくれていた老人は
私に一言、声をかける機会を見計らっていたのかもしれない。


「ありがとうございます」

老人の思いやりにありきたりな礼をのべると、
老人の用事はそれで、すんだのだろう。

「ごちそうになりました」と老人は庭をでていった。


老人の後ろ姿に
「また、よろしくお願いします」
と、剪定を頼むと私は老人が門をくぐりぬけるまで、
見送った。

いや、見届けたという方が妥当だろう。
私の鼓動は早鐘のように、鳴り響き
口から鼓動がもれきこえてきそうであり、
背中にはじっとりと冷たい汗が噴出していた。

私の心の中に妻を住まわせている。
老人はそういった。

だが、これは、老人が事実を暗喩しているのかもしれないと想った。

庭の手入れをきちんとしておかないと

庭の心の中に住まう妻とあの男が暴かれるかもしれない。

老人は私の罪よりも、この先をいとうてくれたのかもしれない。

私は庭に降り立ち、池の前にかがみこんだ。

地中深く二人をうめ、コンクリートをいれ、池の底もきれいにしきつめ、
五色の玉砂利をいれている。

ばれるはずがない。
なにも異臭ひとつなく、
犬や猫に掘り起こされるわけもない深さに埋めた。

ほっと、胸をなでおろし、
私は止まってしまったキース・リチャードをかけに
床の間にはいっていった。

   終

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