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引用(我田押水かも)

さて、そろそろ、ねるぜよ。

と、おもったんだけど

ちょっと、おもいだしたことがあったんな。

憂生の記事を読んでくれてる人は

憂生がちょくちょく、自分の物語の中の一言(もっと?)をだすの

良く知ってると思う。

このあたりに関連したことになるんだけど

たとえば、

憂生がキリスト教でも仏教でもなんでもいいや。

こういう真理がかいてあることな。

これをかきうつしていったとする。

なんでかしらんけど・・・。(メカニズムとしての意味合い)

「おまえはそれで、理がはまるから、やめとけ」

って、いわれたことがあるんな。

これはわかるん。

たとえばキリスト教の

汝、姦淫するなかれ。

この理がはまったとする。

憂生がまかりまちがえて姦淫したとするわな。

どえりゃあばちがあたったり/www

お試しというか、鍛錬させられることになってしまったり。

その試しにまけて、堕落したり・・・・/あんまし笑えんな。

こういうことがおこりかねんていうことになる。

他のたとえのほうがよかったか。

まあ、いいや。

だから、うっかり教え(理)がはまったらえらいことになるって。

それも、自分が経験せんでも書いただけではまる。

便利だって?

まさか・・・。

つまり、その教えができている人間とみなされるわけ。

でも、本人はできてない。

ほい。人をあいしなさい。

ほい、これしなさい。って、まわってくるってこと。

言霊で言えば自分ができてない状態でものをいいはなったら

相手にききめがないだけですまず

自分にかえってくるんな。

これとおなじことがおきるん。

だから、やめとけって。

で、基本。憂生が書いた物語は自分がある程度

通っていったことや、消化できてることとか

その言葉で自分がもう一度考え直したりとか、

う~~ん。

こういう言い方も違うけど

本物というか・・・。

活きてるん。

どっかの借り物かりてしゃべっていたって、

憂生には活きた言葉じゃないんな。

ましてや、言霊的にかんがえれば

借り物の言葉だったら

自分にかえってくる以前に

なんも通じていかん。

そんなんで、借りてきた言葉でも

いったんは自分でこなす、こなれさす、消化せんかぎりは

できるだけ、つかいたくないん。

そんなんで、ちょくちょく憂生の作品からの引用多しになる。

宣伝根性にみえとったら、ごめんなあ。

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