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出版よりも

空に架かる橋をかきながら

憂生はひとつのことを思っていた。

バックグラウンドが戦争だったこともある。

そして、2年ほど前、どう評価されるのだろうという

興味本位で文芸社に投稿してみたのだが、

その結果、十年前にそれを書いているときに懸念したことと、

非常に良く似た感想が入っていた。

担当者さんは、以後、だしましょうと何度もプッシュしてくれていたのだが、

憂生は、懸念感想のほうにひかっかっていた。

腹がたったとか、そういういみあいではない。

がっかりしたとかそういうことでもない。

最初の懸念をかきだすまえにいくつか、説明が要ると思うのだが

あまりにも、アメリカナイズされてしまっているというところだろうか。

まず、たとえば、ごく最近の話でいえば、

震災直後の被災地の様子について。

諸外国は

日本人は暴動をおこしたり(マーケットを襲撃したり)しない、すばらしい国民だ。

と、ニュースをながした。

これを素直にうけとめた人は何人いたかわからないが。

そんなんあたりまえじゃないか。てめえらの国のモラル意識がうすいから、

あたりまえのことを、すばらしいとおもうんだろうが。

と、憂生は思った。

それでほめてるつもりかい?みならわなければいけないというのならわかるが、

レベルの低いやつらが上段からほめるかよ。まじ、冗談じゃねえ。

まあ、ひでえ言い方だけど。

たとえば、こんなお褒めを(w)そのままにうけとめ

本質部分にきがつかず

物事の本質を上手にすりかえてしまう。

やすっぽい見識にのっかってしまう。

そんな言葉でも、日本人である憂生は礼節を重んじておくとして、

(ありがとう)とね。

諸外国は己のレベルが低いからりっぱにみえると膿をだしているわけだ。

こういうことがざらにある。

別に諸外国でなく、日本のなかにね。

たとえば、靖国神社参詣問題。

あの戦争をおこしたのがどうのこうのの問題じゃない。

おきてしまったことに対して

日本人の戦い方がどうであったか。

つまり、人間魚雷や飛行機ごと突っ込むとか、

命をおしむことなく祖国を護ろうとした人たちのおかげで、

日本は植民地化されずにすんでいる。

こんな戦い方をする国を植民地にしたら

あぶなくてしかたがない。

植民地化は無理だ。

これが、日本をすくったわけじゃないのかな?

だったら、そこにもっていってくれた英霊たちがいたからこそじゃないか?

そこにお礼というか、あいさつというか、

行くのは当たり前のことだと思う。

本質部分にきがつかず物事の本質を上手にすりかえてしまう。

やすっぽい見識にのっかってしまう。

変な意見にまどわされて、自分の国の安泰の元に恩さえかんじない自分をはじることもなく、反対だとものをいう。


ついで、マッカーサーのこともかいたな。

昭和天皇を、象徴にすることを進言していったのもマッカーサーだと思う。


まず、昭和天皇にあったとき、マッカーサーは昭和天皇が

他の国の首相たちとおなじように、命乞いをしてくるものだと思ったそうだ。

ところが、

「私はどうなってもいいが、国民を助けて欲しい」

この一言だったという。

マッカーサーは昭和天皇を国民の父だとおもったことだろう。

そして、英霊たちが命をかけていくほどだったことをおもっても

天皇を絞首刑にでも処した日には

植民地化したらどうなるかどころのさわぎではない恐ろしい事態を迎えるともおもっただろうし

自分たちだって、わが父よと思うキリストがいただろう。

そのキリストより確かにわが子よと国民を思う父が目の前にいる。

マッカーサーはそこに神をみただろう。


神を殺すまねなどできない。天皇を処刑することはすなわち、

キリストを冒涜し惨殺するにひとしかっただろう。


こういうところを知らずして、軍部の横行に屈するしかなかった天皇を

戦犯だとか?

まったく、

本質部分にきがつかず

物事の本質を上手にすりかえてしまう。

やすっぽい見識にのっかってしまう。


こういうことを空に・・・をかきながら意識していて


懸念したのは、


物語の主人公にたいし、外国人なら

ーなぜ、彼女は報復しないのですか?-

と、尋ねるだろう。

だが、日本人であれば、彼女の思いはわかる。

そのころに従軍慰安婦問題で、保証しろとか、

いいほど被害者に成り下がった人々がいたけど

じゃあ、日本人は原爆をおとされ、

アメリカをうらみがましく思っているか?

潔いいうのとはちがうかもしれないが、

日本人はいつまでも被害者ぶって自分をあわれんだり

報復しようなぞという思いはない。


まな板の上の鯉というか。


長崎ではのさりといったそうだが・・。

まあ、キリスト教徒の多い土地なので

神の試練という観念というか、

すべて、うけいれてこだわらない境地というか。


こういうことからしても、

日本のあだ討ちもいつまでも果てしなく続けないとか。

赤穂浪士にしろ、あだ討ちをしても、

本来の筋目でいえばまちがってるとわかったうえで、

決行し、浪士は切腹していく。


負けは負け。

戦争だったんだから、仕方がない。

きっちり、一線をひいていく。


目には目をというかんがえがないのは、

たとえば日本の民話にも象徴される。

あかずきんちゃんにしろ、敵は殺す。

が、日本の民話の多くは

特にかちかち山の狸?

おばあさんをころされ、鍋にされ食わされてしまったおじいさんは

それでも、狸をこらしめてくれたらそれでいい、

改心したらそれでいい。

な、わけだ。


日本人は「心」「精神」を重視する。


報復するなぞという、恨みがましい低い精神はもっていない。

ところが、

物語の主人公にたいし、

外国人なら

ーなぜ、彼女は報復しないのですか?-

と、尋ねるだろう。

だが、日本人であれば、彼女の思いはわかる。

が、見事にひっくり返される。


いや、外国人だったのかもしれないな。


ーなぜ、彼女は報復しないのですか?-

まだこのほうがいいかもしれない。


ー彼女が報復するきだったのか、ちがうのか、つかみとれないー

報復するものだという目でみているに相違なかろう。


いままで、誰もそんな、

報復するなぞという、恨みがましい低い精神にたった受け取り方をするひとがいなかった。

十年たったら、

どんどん、精神がアメリカナイズされ、靖国神社は反対で

天皇は戦犯で・・・かちかち山の狸はころさにゃあいかんし、

赤穂浪士は切腹する大馬鹿者で・・・。


こういうところになってしまったんだろうね。

いやいや、やっぱり本人みてないんだから。

きっと、ハンムラビ王だったんだ。

あ、子孫ね。たぶん、きっと

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