画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歪み

何人か、精神障害を羅病している人とかかわってきている。


この中で、回復していった人に着目する。


もちろん、前に書いた「愛してくれる人が抱きしめてくれたら治る」が

一番おおきな要因だと思う。


で、ぽつぽつ気が付いたことがふたつ。


ひとつは、4歳児からの入園。


もうひとつは、蟲きり。


詳しく説明しないとなんのこっちゃらだな。


4歳児入園は、保育所や幼稚園にはいる年齢。

なんどか、とりあげたけど、これが、よいとおもうのは、マウス実験と

保育園の保育士の話から。

マウス実験で、最初に

母鼠のそばにいさせる。母乳で育てる。タイプと(グループ)


母鼠から離す。人口哺乳にきりかえる。タイプ。(グループ)


に、わける。


そして、実験できるまで成長したら、負荷をあたえる実験をする。

足元が水に漬かった廻し車に閉じ込めたりする。

水につかりたくなくて、鼠は必死でよじのぼろうと車をまわしつづける。

この負荷実験のあと、母親と一緒にいたほうは、しばらくすると、回復してくる。

母親と離したほうは、回復が遅く、時に死んでしまうことさえあるという。

この実験は幼少時の環境がストレスにどう関わってくるかというところだと思う。


母親(安心できる状態)の存在を経験している子鼠は

ストレスをうけても、安心状態に帰巣するルートをもっている。


が、母親の存在がなかった子鼠は、ストレスを昇華する能力も少なければ、

安心感にもどろうにも、安心感というゴールがみえない。


子供のころにうけた「安心感」が大人になったときにストレスに強い大人をつくるもとになる。


と、いう傾向が高い。


この考え方が、4歳入園とかかわってくる。

保育士の話しによると、

3歳児と4歳児のおおきな違いは社会性の発達の有無(大小というべきか)

4歳児は砂遊びなどするときでも、お友達と協力しあってトンネルを掘ったり

役割分担をしたり(ぼく、水汲んでくる。わたしこっちからもっと砂をあつめてくる・・など)と、協調性と協力性などがみえ、社会意識が発達している。

ところが、3歳児は、お友達さえ認識しない。

語弊があるな。

お友達がそこにいる。と、いう認識くらいというべきか。

これはどういうことになるだろう。

母親という安心感からひきはなされ、これにかわる「安心感」を求めている。

一緒になにかする。とか、手伝ってあげる。とかでなく、

そばにだれかいてくれたらいい。

ちょうど、母親がそばにいたら、安心して、一人で遊んでいたりするのと同じといっていいか。

お友達を個別の存在として意識しないで、お地蔵様?でもいるみたいなものなんだろう。


この状態は、本人にすれば、ストレスを回避する手段といえる。

裏から言う。

「不安、で、不安でたまらない」

この状態で幼稚園・保育所生活をおくる。


母親からひきはなされた子鼠状態に近い。


憂生にいわせれば、3歳児を入所・入園させるのは、そういうことに近い。

これが、長じて、ストレスに弱い大人をつくる要因のひとつになりえるのではないかと。

回復していった人をみると、小さいころに親といっしょにいる時間がながかったり

もしくは、4歳児入園だったりした。


そして、3歳児入園の動機は、

ー近所の子供がみな3歳児ではいってるからー

と、いうのがおおかった。(某所アンケートから)

その子にとって、どうだろうかというもので、

明確な動機がかかれているものはなかったという。

お友達が近所にいなくなるから、かわいそうだし・・とかいうのも、

ー近所の子供がみな3歳児ではいってるからーにはいる。

4歳児ではいる人ばかりだったら、4歳児入園をえらぶということになるから。

ひいては、まわりにあわせていくために、本人の成長度合いや安心感など

ふんづけられてしまう。

プチPDSTのプチのプチくらいをあじわっているといってもいいかもしれない。


そしてもうひとつが、蟲切り。

え~と、鍼灸師のところにいって、子供用の針?で蟲を切ってもらう。

ようは、疳の虫を治すということで、

民間療法もきいたことがある。

額のところ?(眉毛根元近くを指挿したと思う)を切って、

血をだす。

背中の第2?第3脊椎の横辺りをかみそりできって、血をだす。

それをされた本人は緑色の血がでてたといった。

確かに青っぽい静脈のように疳の虫が筋になってしまってる子供をみかけることがある。


なんにせよ、疳の虫をふうじたり、切ったりする

本来の目的は

「大人になって、精神的にいらいらしないように」なのだそうである。


で、その疳の虫治療の効果が本当にあるのか?

昔、憂生の隣に住んでた人の子供(1歳くらいか?)が日に何度も

「きえ~~~~~~~」と奇声をあげていた。

毎日、毎日、その調子だったので、近くの人がみかねて

蟲切りをおしえてやった。

で、その人は鍼灸師のところにいってきたそうで、

子供はぴたりと奇声をはっさなくなった。

疳の虫というのは、

活発にうごくようになった子供(赤ちゃん)が

(上にあるものをとろうとしたら、足元がおぼつかなくて転ぶとか)

自分の意思通りにうごけなかったりして、

行動と思いのアンバランスにストレスを蓄積しはじめる。

このストレスを発散しようとする行動、状態が疳の虫とよばれる。


だから、これはほうっておいても、いずれはなおるものなのだが・・・。


前述の「大人になって、精神的にいらいらしないように」なのだそうである。


ここをほじくる。

なぜ、疳の虫をきっておくと、大人になってから良いのか。

疳の虫はストレスを発散させる行動であるとする。

ストレスがたまりにたまっていくということの裏側は

こらえきれなくなるときが来る。ということであり

ストレスの容積も高まるから

ストレス発散のときは噴火?みたいなことになる。


怒ったことがない人というのもたまにいるかもしれない。

こんな人が相手にどなりちらしたりすると

怒られたひとよりよほどしゅんとしてしまう。

あんなにひどくわめいてしまって、相手にわるいことしたなあ・・・とか。

蟲きりもそれにあたる。

こらえきれないほどたまるほど、ストレス容器がない。

と、いうか、発散の上限が低い。

たとえば、いやがらせでストレスを発散してたとする。

最初はちょっとしたいやがらせで、すっきりする。

次はもっとひどいいやがらせじゃないとすっきりしない。

巧く説明できてないが、

ストレス容器の容量が少ないから、溜め込むストレスの上限もすくなく

発散するときも、上限が低い。

ちょっと、発散できてしまったら、あ、おこりすぎたかなと我にかえれる。


ところが、そのぎゃくは、どんどんエスカレートする。

子供のときの

「どうにもおもいどおりにならない」状態からのストレス(疳の虫)が一番

ストレス度が高いと思う。

つまり、ストレスのキャパシティをこのときに最上限にもっていってしまう。


結果、大きなストレス容器をもってしまうことになる。

蟲切りはこの大きなストレス容器を作らさせないようにするのと同時に

ストレス上限までを体験させないようにする。


(怒りすぎたかなと我にかえることができる)

(上限が高いため、少々の発散では発散できず、発散方法がエスカレートする)

と、いう違いができる。

この蟲切りを子供のころにうけた人が

やはり精神病羅病のさいにたちなおってきている。

(ただし、人数的にはすくないので統計ではない)

まあ、今の世の中に精神障害を羅病することがおおいのは、

仕方がないと思う。


だが、羅病してしまう、発症する要因に、

回復できない要因に

3歳児からの入園があったとしたら、

蟲切りを施術されないことがあったとしたら、

発症しやすい、回復しにくいルートを歩んでしまった社会構造があるとおもう。

民間療法で蟲切りを受けた人はいずれも祖父や祖母に施術されている。

隣の主婦には、近所のおばちゃん(60くらいかな?)が教えにいっていた。


こんな昔からの知恵を伝承していく環境とか、

4歳児からいれてやれない環境とか

社会自体が歪んでいる証拠かもしれない。


そのひずみが精神病羅病という現象にはねかえってきている部分があるのかもしれない。

関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
10936位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
3867位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。