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雰囲気と文体

文体と内容を統一する。


これが、できるとよいなあ、とおもうのである。


時代物、とくに、雅な風情をだそうとするときは、

むつかしい。


姫がいる。


地方弁でいえば、おる。(居る)


まあ、この言葉はわりとかきかえやすい。


ここにおわす御方をどなたと心得るか!!


きいたことあるよね~~~。


姫がおわす。


と、かいても、判りやすい。


だけど、いまや、つかわれない言葉だから、

ちょいちょい、誤字とおもわれるのが、


「が」


「の」と、いう言い方で使うところが


「の」の意味合いと

「が」で使われる場合の主語強調をかねる。

もうすこしあるが、省く。


ーおらが春。ー


すなおにとれば


おまえは春の精かなんかか?

かわいそうに、春のせいでおかしくなったかと・・・/おおげさ


「政勝がこと、あわれとおぼしめして・・」


「邪心がままになりおってから!!」


これを現代にあてはまると、文法間違いにしかおもわれないかもしれないし、


じっさい、「まちがってる。小学生なみだ」と、ご意見いただいたことがあるwww


(本当にまちがえてることもあるが・・・。)


では、なぜ、誤解されないようにしないのか。


「政勝のこと、あわれと思って・・」


でも、いいだろう。



ほかの人がいってたとしても、本人がいっていたとしても

客観視の「の」ではなくなる。

政勝がこと、は客観視の「の」を含み

「政勝」こそが主体になってくる。


こんな微妙なニュアンスを含む言葉がない。


時代物のよいところはここらへんにある。


「政勝がこと、あわれとおぼしめして・・」


さらに、「おぼしめして」


「思ってください」というかな。

自分が一歩へりくだっている。

あるいは、思し召す当の本人の位が上にある。


一言の中に立場と謙譲がはいりこむ。


こんな便利な言葉はない。


実際、普通の現代語におきかえたら、

かなりの説明が必要になってくると思う。


政勝のことを、かわいそうだとお思いになってください。


これは、相手がみえてこない。


読み手に言っても通じる。

あるいは、そういう風におもったらどうです?と説教じみたニュアンスもでてくる。


この昔の言い方が、なおさら、時代物の背景まで気取らせる。


時代物というムードもつくれる。


ここにはまると、時代物というのは実におもしろい。


いや、そんな話じゃない。


で、そうやって、小学生並だとしか、とれない読み手について。


いつごろからか、


憂生は最初のターゲットを自分にしはじめた。


たいした学歴もない憂生が思い、考え、表現するくらいのことでしかない。


せめて、この低いレベルの自分を納得させる。


そういう考えだった。


ところが、実際には、時代物の語調をよみとることができない人がいる。


憂生にいわせれば、


なんでもかんでも読むという活字中毒はやめなさい。と、いうとこなのだが。


まず、最初の何行かをよんだら、自分に向く読み物か向かない読み物か

おぼろげにつかむことができる。


それで、読み進めていったのだろう。と、する。


結果、まだまだ、こういう表現を理解できないと悟るならまだしも、

理解できない自分でございと披瀝することはなかろうにとおもう。


つまり、先にかいた

一言の中に謙譲と立場がはいりこんでいる。

このこともつかみ取れない。と、いうことになる。


誤字だとか、小学生並だとか、と、しかとらえられないのなら、

おそらく、つかめきれてないだろう。



自分のターゲットをどこにするか。



読みやすくて意味もわかりやすい。


ムードや背景まで、感覚的につかみ取れる。


物語の内容、テーマを己に肉迫して感じ取りたい。



まず、自分の軸をきめる。



これが先になった。


だから、ラフに読んで欲しいと思うものは


「あ~~~ん?そんなんだから、母ちゃんににげられるんじゃねえか」

って、ボーマンがいう。

「んなこと、言ったって。話し合うもくそも・・」

「くそ?だいたい、そこからまちがってらあ」

ボーマンのいいたいことがみえた。

話し合うことこそが大切なんだ。

その大事なこととくそをならべてしまう。

ここからすでに間違ってる。

くそなんかとならび比べるのは、

大事なことだとよくよく判ってないからできるんだ。って、言いたいんだ。


少々理屈っぽいんだけど・・。


ま、このラフさが、ボーマンの持ち味というか。

ラフで一見ふざけた人間が実にこなれた見解をもつ。


そこを、きちきちと、かいてしまうと、ボーマンのムード・イメージもかわってしまう。


どこにターゲットをおくかというたとえでだしたもの、

すべてをまかなえるなら、これにこしたことはない。


読みやすくて意味もわかりやすい。


ムードや背景まで、感覚的につかみ取れる。


物語の内容、テーマを己に肉迫して感じ取りたい。


だが、実際のところ、白蛇抄などは、

因縁納所などに通じる内容をふくんでいる。


カルマというか・・。


実際、読んでくださった人の中には

憂生に「仏教大学でたん?」と尋ねてくださった人がいた。

残念ながら、そんな高学歴はもちあわせていない。


話し戻す。

こういう観念や考え方もおりこんでいるだけに

読みやすくて意味もわかりやすい。

とは、なかなかいかないところを

物語にして、納得?してもらおうと目論んでいるところもあるのだから

正直をいうと、「が」の使い方ひとつでつまずいてしまうようでは

作者の意図するところにさえ、届かない。


あえて、表現間違いくらいやかかれてない部分を補足して(いわゆる、行間にこめられたもの)いけるくらいの、読解力がないと、この物語が活劇としか思えないと思う。


こういうものもかけば、お笑い系統もかく。


それぞれ、できうる限り、

文体と内容を統一する。ようにはしているつもりの憂生である。

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