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(     )のこと・・・

さる方の作品を読みにいっていた。

なかなか、読ませる表現をされていて、

感心しきりだったのであるが、

非常に読みづらさをかんじてしまった。

文章の構成がわるいなどというのでなく、

読み方を(   )でいれているのが、どうにもめざわりというか、

文章を追いにくくしてしまっていて、途中で断念してしまった。

憂生自体が小説を読むとき、読み方にあまりこだわらない。

前後の文章でどういう意味かわかれば、良いと思っている。

ひとつの文字にこだわるより、先先によんでいくのと

その文節、文章全体にかかれていることを把握するほうがさきにたつのである。

書くときもできるだけ(   )ルビは使用しない。

あえて書くよりも、

たとえば

澄明をたとえにする。

これをどこかで、誰かの台詞で

「澄明というたかの」

「と・・うみょう?」

「おおよ」

などという形でもっていきたいのである/万事、そうもいかんが・・・

で、今回の拝読については、読めない人のためにかいていたのと

人名など特殊によませたいがためもあったのだろう。

が、かえって、文字面というか、文章面がわるくなってしまっていて

残念におもったのであるが

どのあたりの人をターゲットにしているかにもよるし、作者の標的にまで

いちゃもん?をつけるわけにいかない。

そんなことをおもっていたら、やはり、件の女性をおもいだしてしまった。

読めない文字には(    )ふりがなをおくべきであろうというのである。

憂生はびっくりした。

で、まあ、つっかかっていったんだけど/笑

どうも、彼女自体が読者に読めないといわれて、読みやすいように

(   )ふりがなをつけたといういきさつがあったらしい。

う~~~~~~~むであった。

憂生自身、読めないからなんとかしてくれといわれたことがない。

むしろ、読めないから辞書ひいて、勉強になったと感謝(爆)された。

そして、書き手としても読み手としても

憂生自体が一字一句にこだわらず、全体を、あるいはテーマをムードをつかんでほしい、つかみたいというのがあるわけで、

書いている途中でよい言い回しが見つからないときも、簡単な文体でいいからかいてしまって、先に進むということを優先する。

一字一句にこだわると何をかこうとしていたかが、どこかにとんでいってしまうためなのだが・・。

だが・・・。

ふと思う。

全体がどーのというのをおいといて、読めない字にこだわる読者が読めないからと

作者にどう読むか?ときくのは良いとして、直せ、(    )をいれろというのはどうかとおもう。

また、それをいわれる作者もどうかと思う。

また、さらにいえば、要望にこたえて(    )を入れることを選択するのもどうかと思う。

この言い方だけだとどうかと思うの「どう」がどういう意味であるかわかりにくいとおもう。

二つあるというきがする。

まず、内容が濃ければ、文章を読み進めさせてしまい一字一句にこだわっているより先をいそぐ。

ふたつ、内容の説明表現、描写がゆるく、文字にたよってしまっている。読み手にとっても、文字の意味するところがわからないと全体の意味がわかりにくい。

こういう致命的な欠損があるから、一字一句にこだわられてしまうんじゃないかと考えると、

問題はどう読むかなどではない。

憂生自体は読めないからルビいれて・・・なんていう事を臆面なくもうしのべてくる

レベルの低い読み手が、こりゃむつかしくてよめんとさけてくれるということになるならば

かえってそのほうがよい/笑

内容はかなりむつかしい。全体をとらえていかなきゃならないのに、

一字一句にこだわり、かてて、他力本願では、まともに読み取ることは不可能だととる。

わざわざ、その敷居の高さをとっぱらう気はない。

いつか、みゅうが言ってくれた言葉であるが

「こびたものをかくと読み手はみぬくよ」だったかな?

たった、(   )をいれるかいれないか、それだけの中に

自分の作品への高買いがある。

だから、わざわざ、よんでもらいたいあまりに、他力本願の読み手にあわせるその姿勢はどうかとおもうし

もっと致命的な欠損をなおすほうが根本であるのに、こてさきだけかえようというところにおちつくのもどうかとおもう。

そして、よめないといわれてしまうという、ところ。

がんとした自分の作品への高買いが足りていないと思える。

質より量なのかどうかはしらない。

だが、こんなことは憂生にはわからない世界だろう。

うづきがいっていた言葉

「憂生の作品の読み手は読み手としてのレベルが高い」

こういう読者さまに恵まれた憂生には、(    )をつけてまで

よみやすくしなきゃいけなくなるという心理を理解できない。

そして、今回思い切り(   )ふりがなのはいった作品に遭遇して

じつによみづらく、文章の流れにいちいちはどめがかかり、

ながれるように書いていきたいと思う裏側である

耳で読んで心地よい作品をつぶしているように思え、

ロゴ、文章の心地よさというところへの立地がいかに意識されにくいものであるのかと

思わされた。

これもまた憂生ができうる限り(   )をいれないようにする理由である。

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