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ながばなし・・・

かなりの物語をもっている憂生です。
ジャンルはまあ、真摯なものから、ギャグから、アダルトから・・。

と、実に幅広いもの書きですが、
どうも、底の部分に
「生きることを問うまなざし」ってのがありまして/笑・・うかな

文芸社の書評を流用しているのも、実は、「生きることを問う」というような一言がはいっているからという
まあ、憂生の本質をきちんとみぬいてくれてるというのがあってのことです。

で、まあ、多く、アダルトあたりで、かなりの誤解をうけて(と、いうか、そういうのだけを目的にする人は他のものを読まないせいでしょうけど)

憂生の本質部分にふれようとしない。

まあ、そんなんで、34作品非公開措置をとりました。



本当、いろいろ、手を変え、しなをかえ、日記にしろ、物語にしろ

まじめなことを書いてきたわけですが、



どこかでも、ぼやいたのですが、



解離性傷害・・・から、恋人を救い出していく男性の話をかいているわけですが、

この物語のモチーフに性的虐待など・・があるため、

そういうロゴ検索で読みあさりにくるばかたれがいまして・・・。



これがたんなる、想像であるのなら、憂生ももがきもしないのでしょうが、

一人の人間の命・人生にかかわる命題「赦す」ということをしきこんでいるため、

かくも無残にエロ興味のターゲットにされるのかと、ネットでの公開をあきらめるのと同時に

大きな人間不信になりましたね。




あ、ネット不信というべきか。




そして、へらへら、かろきにあつかわれることに嫌気がさして、

本人、事実のむごさに筆を進めると吐き気がしてくるというプチPDSTにもなっていたときであり、

これを面白半分で検索されるというのには、まいりました。



神経ずたぼろで・・。



憂生自体が「赦せない」という感情があり、これを克服するためにも、

どういう風に考え、捉え、見方をかえていけばよいか・・。

自分の為にも必死で模索していたことであり、けして、ちゃらちゃらの物書き遊びではなかったので、

簡単に言えば

「赦せない行為」と同質の人間の検索(行為)なわけですから、

なんで、侮辱されるために、公開していかなきゃならん?

人のことを玩具にする・・というのは、言い換えれば、(二次的に)憂生も同じことになり、

あげく、人の精神まで無茶苦茶にしてしまう行為をどういう風に「赦す」かを考えようとしているところに

まんま、小規模ながら、同じ事が起きる。




呪という思いがわいてくるわけですよ。




ばかげた検索ロゴをかけてくる奴、

おまえやおまえの身内や恋人が気が狂うほどの暴行をうけてしまえ!!

ってね。

その痛みを身をもってわかるようにならなきゃ、馬鹿ログで検索する自分がいかなるものか、わからんだろう。

ってね。



こりゃあ、良くないよな。



物語の中でも、そういう「呪」の気持ちをもっちゃいけないって、主人公が血を吐くような思いで自分に念じてる。



なのに、書いてる憂生の現実空間が、主人公と反比例していく。

書けるわけがないよなあ。




通ってない・・んだから・・。



嘘ごと、かいてるみたいなものだよなあ。





実際の場面でも、事件に関わったと思われる人間が次から次へと事故を起こしている。



憂生自体が、呪った。



即、目の前で自分の思いがいかなるものだったかをみせつけられる。



これをやっちゃあ、人を殺しかねない。



思いの恐ろしさ・エネルギーをセーブしていくためにも、「赦す」それが、必要だと書き始めた物語で

またも、「呪」をもつ。




まあ、いいかえれば、こういう見えない世界で「呪」のエネルギーをかけられてるかもしれないってことにも

気がついて欲しいってのもある。




一人、二人へのことならば、それも、まだしもかもしれないが、いまや、アクセス解析なども常備されてるから、特定されるし、

気分悪いってのを数あつまりゃ、そのエネルギーも膨大なものになってくる。




ネットを通してだって、充分、エネルギーはつたわる。

受動両方で、憂生もその経験はある。




自殺(しかけ)の予知?で、ネット友人に念をおくったこともあるし、

逆にネットを通じて憂生に憑依したものを払いに来てくれた人も居た。


話がずれまくってしまったけど、

「見えない世界」わからないことだとおもっているかもしれないが、

それら、すべては「思いに元をなす」


どんな思いをもっているか、わからないだろうと、例えば、あへあへした目でブログを訪問してりゃ、

それが、いつか、集積されて、自分に帰ってくる。

そのときに、なんで、こんないやな目にあわされるんだってことになる。


思いをよくしていけば、良い思いが帰ってくる。

まあ、そんなんで、憂生も一方ではこういう嫌な思いを味合わされるなにかをしでかしていたのだろうと思う。


その一端として、「煽る」という表現があった部分で、安易な煽動(扇情)になっていたのが、原因でありえるとも思い、いくら底に真摯な部分をいれこんでいても、無理なのかもしれないなと34編封鎖にいたった。

ある程度の年齢、苦労している人がよむと、

「憂生の性を大事にしろよというメッセージが伝わってくる」というものなんだけど、

読み手を選ぶ事ができないのが、ネットなんだなとつくづく、思う。

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