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ぼやきになっちまった・・

今年もはや、半年(近く)が、過ぎ・・・。
ふと、ふりかえってみると・・・。
おい!!
いっちょも、まともに、かいてないんじゃないか?
つ~~よりも、此処で、いくつか、しあげたものが、今年だったのか?(大丈夫か?時差ぼけの単位が大きすぎるんじゃないかい?)
発作書きをおえて、ぽちりと、チサトの恋・・12をあげてきたが、
相変わらず、停滞している。

失語症気味で、非常にもうしわけないと思いつつ、まずは、これをしあげるかと・・。

しかし、物語を書いていながら、自分の観念があちこちにちりばめてしまうものだとつくづく、思う。

憂生自身がカメラをやめてしまった理由みたいなのを、さぐってるところもある。

明確な意識化という把握は、時に、「刷り込み」という勘違いを起こさせる。

長いことやっていたカメラ(なにせ、8歳?くらいから、ずっと、やっていたわけだし、腕もそこそこあった/ようで・・)を、やめたうしろめたさ?みたいなものを払拭する、言い訳を捜しているのが本当なのかもしれない。

実はこういう「思い違い」をよくしているんじゃないか?
とも思う。

チサト自体に象徴させている、「理由」というもの。

これをもっと、さぐっていくと、
「存在価値」=「存在理由」になっていくだろう。

ひいては、何故、書くかって所にたどり着く。

おそらく、物を書いていく中で、自分を見つめる。
無意識のものを意識化させていく。
と、いう作用がある。

かれこれ、10年、物を書いてきたが、そういう作用を追従している自分であると気がついた時から、「誰かに読まれたい」という目的から、コースアウトしはじめた。

誰の為でもない、自分の為に書いている。

それに対して、うまいのへたのという評価はいらない。
読んでくれた人が自分にとって、どうであったかでしかなく、それも、「自分を見つめた」部分を自分で意識化させればいいことであるし、それを超えて此方にどう意識化したか、伝えたいのなら、伝えてくれれば良い。
今回も空に架かる橋を読んでくださった男性から
「考えさせられました」という一言があった。
どういう風に考えたのかは知らない。

考えただけなら、憂生もいくらでも考える。
考えたことを血肉していくか、どうかでしかない。

物語の人物に共振して、共鳴感情の疑似体験だけで、おわる娯楽で、よむのなら、そんな感想や評価はいらない。

と、いいながら、まさに、今、チサトが同じ事を言っている。

仮定答弁。仮想問題。こんなものをいくら、考えても仕方が無い。

イザという時に出した答えどおり動ける自分かどうか・・。

あるいは、書くことは、この仮想問題に答えをつけようとしているだけの物事かもしれない。

だが、10年やってこれた、裏側には、想定した答えが、リアルにおいて逆に憂生を導いたという実績がある。

だから、意識化する。

自分の脳の中のつかみどころのない液体をきちんと、つかみ出していく。

この液体を横からながめ、人事として、眺めだすような読み方をされてたまるものかとも思う。

だから、此処に挙げなくなったし、
基本、「読んでくれ」と集客もする気はない。

必要な人が「自分をみつめかえして」いけば、良いと思うし、
過去、こういう読者様が多かったせいもあって、なおさら、
自分の姿勢を意識させられている。

「赦す」という命題に向かって、書いている物語の封印がとけないせいもあり、お茶濁しの物語ばかり書いているところで、いっそう、時差ぼけが始まるのだろう。


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