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ソロモンの環・・その後

ソロモンの環に希望線(向上線?)がかさなり、聖職紋を形作っている。

と、いう事は、書いた。

で、これは、頭上チャクラ(クラウンチャクラ)とのかねあいもあり、

おそらくであるが、見えない世界のもの(思いも含め)を指導?するということではないかいな?

と、かってにスピリチュアラーにこじつけたわけであるが・・・。

その後日談である。

昨夜、知人と話していた。

その話し振りももったいぶったような?妙な話し方だった。

「憂生はなんとなく、判るタイプだったよな?」

から、はじまったのであるが、どうも、会社にも、同じタイプの人がいるらしく、

どうも、「気配」を感じて、デスクの端に黒い影がうずくまってる・・とかあ?

まあ、ここで、もうしわけないのだけど、憂生が感じるもの?は、「怖い・気味悪い」というものは、ほとんどない(記憶をたぐってみなければ、なんともいえないが・・)

と、いうか、妙なものは、よってこないように思える。

彼の魂が・・【サイドバーにあります】にも、書いているように、

死んだ従兄弟が、「ここは良いなあ。良い話が聞ける」という(夢うつつの状態で、感知)ことを言っているわけです。

そして、この前に憂生が書いたことが、そのまま、あてはまるともおもえました。

「元がないものに、よってこない」

と、言う考えです。

幽霊とか?こういうもののことで、以前も書きましたが、

ある霊能力者の中に「(例えば)恨み(ような)」の気持ちがなければ、恨みに感応、共振した幽霊は現れる事ができないだろうとおもいますし、

一方で、サンダルの残留思念(「富士山に登りたい」でしたが)についても、そのサンダルをきにかけた当の本人が「富士山にはよく登る・また登りたい(だったかな?)」という共振するというか、残留思念にひっかかる元をもっていたようです。

もちろん、一時が万事そうだとは、いいませんが、後々に振り返ってみると、そのときは判らなくても、自分にひっかかる元があったことに気がつきます。

憂生のほうに、宝くじが当たるから、買え。と、よってきたものも、まあ、負の思いをもった幽霊の類?かもしれません。なにせ、憂生自体が、「欲」な思いをもっていたわけですから、当然、そこに共振するもの、差配してやろうとするもの、エトセトラが、くっついてきておかしくないわけです。

そんな自分の元を逐一かいていたら、懺悔会になりそうなので、まあ、やめておきますが、

「自分に元がなければ、(幽霊など?)ひっかからない」のが、セオリーだと考えているわけです。

ですから、黒い影が見える・・・という方・・自体、「なんらかの元」が、あるということを、披瀝しているという見方もなりたつわけです。

そこらへんをお気づきにならずなんだろうと思いますが、わざわざ、黒い影が居るということを、喋るというのは、どういうことなんだろうと思います。

憂生自体は、自分をまとめてみるために、書いているところがあるのですが、何かの必要性が無い限り、リアルにおいて、自分の体験?を語ることはありません。

そしていろいろ、かいていくうちに、「元が自分にある」と、わかってきたと思います。

以前、どこかに書きましたが、自殺未遂の未遂?のネット友人の思念をとらえて、「生きろ・死ぬな」と、ずっと、念をおくりつづけたことがあります。

送っている途中で、「ほんまかいな?魑魅魍魎の類にたぶらかされてるんとちゃうんか?」と、いう疑念も生じてくるわけですが、これが、本当だったら、人の生き死ににかかわっていることだし、違うのなら、たぶらかされたよと、笑い話だ。と、考え直し、念をおくりつづけたことがあるわけです。

そのあたりも、結局、自分にかえってきてるんじゃないかな?と思うわけです。

以前にも、書きましたが、死のうかと思ったときに、「死ぬな」と念をおくりつけてくるものがいて、その言葉(憂生が生きているべきならば)を、この晴天に雨をふらせて、明かしてみろとやって、俄かに暗雲立ち込め、雨が・・ということがあったわけですが、言い方がおかしいかもしれませんが、自分に起きた友人への念(思いを送る)ということがあったからこそ、それが、自分の時に「生きろ」と帰ってきたとも、うがってみれば、こういう状態になるからこそ、先に「情け」をかける状況においこまれて、自分が助けられたということもかんがえられるわけです。

と、いう風に、憂生のまわりで、おきる不思議なことにも、当然、元があって、その「元」というのは、現在や過去でなく、未来にまでまたがっているものなのかもしれません。

話がずれまくってしまってるのですが、

まあ、こういうようなことを知人に話して、

もうしわけないけど、職場の同僚さんは、余り、良い「元」をもっていないように思うよ。

つけくわえたわけですが・・。

ここから、やっと、後日談かな?

そのあと、ひどく、しんどくなっしまいまして・・。

おそらくですが、死んだ従兄弟のように、知人の同僚の魂?か、見えたという黒い影?が、こちらにやってきて、憂生の言う話をきいていたのではないか?と思うのです。

と、いうよりも、知人がすでにそんな話をはじめたのも、すでに、それらが、付いて?きたのではないかな?

こういう風に、なんとなく、判るのが(判っているのか、どうかも、確証はありません・判らないで居たが、後に確証のあった話は別件でかいていますので、その段でいけば、おそらく、正解だと/笑)ソロモンの環であり、その話をききたいと寄って来るというのが、聖職紋(それも、二重ソロモンの環(見えない世界を感知する)で、形成されている)なのではないかと思います。

これは、左手にありますから、まだ、「可能性」の段階だろうと思います。

左手にできていた直感線も、随分してから、右手にもでてきました。

この「可能性」が鍛え上げられたら・・右手にも二重ソロモンと、聖職紋ができるのだろうかと思いながら・・・

右手を見る・・・・・・。

ソロモンリングの気配だけはありますな・・。

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