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自分を掘ってみるために、

霊というものを信じるか、信じないかは
その人間の考え方によろうが、
憂生だけをいえば、
いろんな霊現象をみききしている。

時に自分へのしらせがあったりもするけど、
凡人の頭では知らせられた物事の本質・・
原因?がどこにあるか、到底わかりえない。

ただ、いえることは
何らかの思いが元で物事が起きてくる。
弱い心の隙に霊がとりついて、
悪事を働かせることも
確かにあろう。

だが、問題はその弱さ。

この弱さのせいで、トリツカレ、
自分のよくない思いを増幅させられ、
悪事を働く。

それは、霊のせいか?

己の霊性がぼろいから、
くだらぬ思い/霊/にとりつかれ、
人生を破綻させる。

狂った人間もあるいはそうだろう。
凶悪な殺人を犯すような人間が
トキに
「頭の中で殺せという声が響いて」
などと、いう事がある。
ささやいたのは、確かに霊かもしれない。
けれど、
それをまにうけたのは、自分の人間性の弱さ。

人間、魔がさすという言葉をよく使う。

確かにその魔が霊だろう。

自分の身のうちに汚い思いがあるのが、
苦痛で思いをほうりだそうと、
「思い」を沸かせてくる自分の中の霊性がある。
その汚い思いに外側の霊がとりついて
やがて、自分の主導権をなくす。

汚い思い方というのは、
魂にへばりつく。
汚い思い方が浮んでくるときは
魂から汚い思い方を取り去ってる状態でしかない。

その苦しみにまけて、
吾を失くす。

人の道を踏み外すとは、よく言ったもので、
確かに
悪霊に自分という人間の人生をあけわたしてしまうんだから、
自身は人ではない。
いわば、悪魔のようなもので/笑

ただ、自分を差配出来ているつもりの人間でも
その思い方が尊いかといったら、
実に怪しい。

自分が間違いをおかさずにすんでいるのも、
あるいは、ただの偶然でしかない。

片一方は殺人をおかし、
片一方は平和に暮らせる。

この運命の歯車はほんのわずかな
ズレで互いの違いを見せる。

ただ、何故、ズレが生じないで
平和に暮らせるか。

それは、ただただ、受け継がれた思い。
と、しかいいようがない。

両親から受け継いだ良心。
こう解釈する。

希釈な思いで育った子供が
良心を見失う。

そう考えると
親というものが、いかに子供に
良心・・良い心を植え付けはぐくんでいくか。

つまり、親になるべき土台がどこまで、
強く正しく、愛情深い思い方をするか。
之は子供だけに対してでなく
わが親に対して
伴侶に対して
近所、世間・・世の中・・。
いろんな物事に対して。

その姿を。
その思いを受け継いで
子供/次世代の人間/が、良くなっていく。

結局、自分が良くなれば
周りが良くなる。

こう言うしかない。

憂生は相談事を受けたとき
物事形をなんとかしようという考えはない。
それは、思い方。ものの価値観が変われば
いくらでも、簡単に解決することで、
いわば、雑草の根を絶てばよい。
こう考えている。

だから、思い方をかえようとせずに
物事の表面だけを救って、
人様を助けた気でいるのは、
根本的には何も解決してないと思う。

むしろ、人さまがみせてくる難儀を、
自分の思い方を立て替える方向に回せば
自分が救われる。
自分が救われた人間がはじめて、
人様の思い方を変えることが出来る。
自分がたてかわってない人間の言葉は本物じゃないから、
自分を立て替えるためにはかされる言葉でしかないから
相手を救うこと/変える/はできない。

いろんな事象が起きる。
病気もあろう。
事故もあろう。
不遇の状況で、
例えば病気を治しても
病気になる根本の思い方。
病気が、自分にでるか、子供にでるか、
それは、分からないけれど
その原因になるなんらかの思い方を
見極めて、相手に示唆しない限り
結局はすくわれない。

自分の子供が病にかかる。
この原因というものが、
例えば両親夫婦の不和だとする。
と、なると、
その子供のことで両親があるいは、
帳合をとられ、
わびという状況においこまれる。

例えば・・こう考えると
その姿はあるいは、もうすでに救われてる?
清算されてる。
ばち?があたってる。

これを根本的に考えれば
原因をみなおすしかない。
その状況において、
夫婦の思い方がなおっていれば、
もう、それで良かろう。

なおっていなければ、そこをなおさなければ、
子供がみせた姿が仇になる。

そういう風に考えると
人様の不幸?を救うようなことをしている人間ほど自分の中にたてなおすべき
因果があるという理屈になる。

本当にたてなおすべき物事がすくない人間は
変なことや
おかしな事に
遭遇しない。

****
と、まあ、こういう風に
他の事のように、考えて
自分の思い方を吐き出してみて
自分を自覚、確認する作業なわけだけど、
考えなくとも
この考え方は既に
「白蛇抄」のなかに扱ってる。

なまなか、自分をしっていくにうとい憂生でしかない

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