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アインシュタイン原理

人を助けた(御幣がありますが)つもりで、

実は、自分が助けられる。

と、いうことがある。

と、かきました。

下のスレッドが例えばそうです。

助けたわけではないのですが、

その人にとって、

良い風に思える考え方をかんがえる。

と、いうことをします。

すると、もし、これが、

自分の時だと

いや、腹が立つ。

そんなことをいわれても、おまえにこんな気持ちわかるもんか。

とか、マイナス感情が、でてきてしまいます。

ところが、人を相手にしていると

その人にとってベストだと思うことを

一生懸命かんがえるわけです。

ひいては、それは、

自分がこういう立場になったら、

どうすべきかという「自分の答え」をだしているわけです。

その答えどおりにできるか、どうかは、別問題ですが

そこを目指せばよいというゴールが、

自分の中にできあがりますし、

応用できる場合もあれば、

「そうかんがえた自分に見合う自分になろう」

とも、

言った手前?

でも、なんでもいいです。有言実行。がんばらなきゃいけなくなる。

自分の中に「価値観」をつくれる。

「みおつくし」「めどう」ができる。

これにより、

自分が助かるわけだし、

自分が、同じ目にあわなくても、

「みおつくし」「尺度」をもてるわけで、

あるいは、答えをさがすことなく

ひょいとのりこえてしまえるかもしれない。

こういうことで、憂生は

「人をたすけているつもりで、実は自分が助かっている」

と、いうわけです。

で、普段から、けっこう、相談事なんかがおおかった憂生は

ありがとうといわれながら、

その裏で、

「自分が思ってもみないことを口にだしたけど、

ああ、その通りだなあ。

この思いかた、かんがえ方、自分の楔にさせてもらおう」

って、

ありがとうは、こっちのほうだよ。

って、思っていたわけです。

相手のことを一生懸命かんがえたら、

それが、自分にかえってくる。

いいかげんに、そんなもんしるか~~って

って、やってたら

やっぱり、それも自分にかえってくる。

だから、

人事であって、ひとごとじゃないわけですが、

人のことを一生懸命かんがえてる

占い師やヒーラーや・・とにかく、

悩みをなんとかしてあげられたらって、

かんがえてる人が、

自分のことで余りなやまずにすむのは、

ひとつには、こういうことがあるからだろうし

人のことをかんがえていたら、

自分の悩みなんか、自分でなんとかしてしまえるくらいじゃなきゃ、

って、がんばってるだろうし、

自分のことなんか、あとまわしって、やっていけるだけの

愛情があるわけで・・。

キリストにしたって、汝隣人を愛せよ

っていうけど、

隣人っていうのは、

「自分を教えてくれる人」なわけ。

自分の目の前に起きることは自分に元がある。っていうし、

友はもともと、自分。ともいう。

だから、隣人を愛しなさい。って、

ようは、情けは人の為ならず(めぐりめぐって自分にかえってくる)

自分のためなんだよって・・。

キリストの説くことも

日本のことわざも

釈迦の説法も・・

結局は自分をたいせつにしていく方法をいってるわけ。

でも、自分に帰ってくるから

隣人を愛せ。といったら、

これは、ご利益・見返りを求めた行動になってしまい

逆に見返りを求められるという形でかえってきてしまう。

だから、理由を詮索せず

神のいうことを疑うなって、

そのまま、やっていけばいいんだよ。

って、いってくれてるわけだ。

でも、人間の思いっていうのか、

「それをやってると、なんか、うまくいくぞ」って、

どこか、あてこむようになってしまったり、

人にありがとうと言われると、どうだ、たすけてやったぞ。

って、えらくなっちゃうわけだ。

だからあ~~~~~。

もうひとつ、上いこうって、かんがえるわけ。

もう、キリストや釈迦が思いやっていってくれる段階をすぎて、

こういう仕組みになってるんだとわかったうえで、

もうひとつ、本当に、相手を思える。

こういうところに突入してるんじゃないか?

そして、あるいは、あえて、手をさしのべない。

って事が必要なときもあるし、

場合によっては、

「助けてやってるんだ」的思いでやる

「お助け商売」も淘汰されるべきだと思う。

なぜなら、本当に助けられているのは自分のほうなんだから。

そして、あるいは、必死で人を思うって事から得るもののほうが、

自分で自分を救うのなら

逆に助ける側にまわったら、

あるいは、そんな「助けてやってるんだ的商売」にたよらなくても、

自分で自分を救える。

って、ことになるわけだ。

だから、1+1が2って、判るからって

商売にしなさんな。

因数分解がわかるからって

商売にしなさんな。

って、いうわけ。

また・・・いずれ・・・・。

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