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鬼・・2

鬼、鬼神については、諸説紛々です。

で、自分でなっとくするというか、

関連性だけでかんがえることにしました。

鬼神とは人々の災厄を除く鬼で、修験道(しゅげんどう)や神道、陰陽道(おんみょうどう)などの思想を色濃くうけている鬼的存在に分類されます。追儺(ついな)の鬼や神楽の鬼神など、日本の祭りや神事、民俗芸能に登場する福神的存在もこの類に含めました。

修験道の伝説的な開祖、役小角とも言います。葛城山中で荒行を積み、吉野の金峰山で霊感を得、呪術を身につけた修験者(山伏)です。前鬼、後鬼の二鬼神を自在に働かせることができたと言います。

前述の夢の中の老人は

役行者というよりも、仙人か山の神みたいなかんじだったのですが、

仙人も修験道の極み?かとおもったのと、

当時、役行者が連想的に浮かび上がったので、この関連として、

ひろってきました。

鬼というのは、ウィキによると、

日本の鬼は非常に多様な現れ方をしておりある特定のイメージでかたることは困難である。文芸評論家・馬場あき子は5種類に分類している[1]

  1. 民族学上の鬼で祖霊や地霊。
  2. 山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗
  3. 仏教系の鬼、邪鬼、夜叉羅刹
  4. 人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
  5. 怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。

中国における鬼(き)は死人の魂を言う。「鬼は帰なり」と説明され、死者の魂の帰ってきた姿である。死霊を意味する中国の鬼が6世紀後半に日本に入り、日本固有のオニと重なり鬼になったのだと馬場は述べている。「オニ」とは祖霊、地霊であり「目1つ」の姿で現されており、片目という神の印を帯びた神の眷属とみる見方や「一つ目」を山神の姿とする説(五来重)もある。いずれにせよ一つ目の鬼は死霊と言うより民族的な神の姿を彷彿とさせる。また日本書紀にはまつろわぬ「邪しき神」を「邪しき鬼(もの)」としており得体の知れぬ「カミ」や「モノ」が鬼として観念されている。説話の人を食う凶暴な鬼のイメージは「カミ」、「モノ」から仏教の獄鬼、怪獣、妖怪など想像上の変形から影響を受け成立していったと言える。平安の都人が闇に感じていた恐怖がどのようなものかが窺える[1]

これらのことから大東文化大学講師・岡部隆志は鬼とは安定したこちらの世界を侵犯する異界の存在としている。鬼のイメージが多様なのは、社会やその時代によって異界のイメージが多様であるからで、まつろわぬ反逆者であったり法を犯す反逆者であり、山に住む異界の住人であれば鍛冶屋のような職能者も鬼と呼ばれ、異界を幻想とたとえれば人の怨霊、地獄の羅刹、夜叉、山の妖怪など際限なく鬼のイメージは広がるとしている[1]

平安から中世の説話に登場する多くの鬼は怨霊の化身、人を食べる恐ろしい鬼であるが、有名な鬼である大江山の酒呑童子は都から姫たちをさらって食べていた。『伊勢物語』第六段に夜女をつれて逃げる途中に鬼に女を一口で食べられる話がありここから危難にあうことを「鬼一口」と呼ぶようになるが、岡部隆志はこれを、戦乱や災害、飢饉などの社会不安の中で頻出する人の死や行方不明を、異界がこの世に現出する現象として解釈したものであり、人の体が消えていくことのリアルな実演であり、この世に現れた鬼が演じてしまうものと推測している。また岡部は、鬼は異界の来訪者であり人を向こう側の世界に拉致する悪魔であり、昔話のように福を残して去る神ともしている(例、一寸法師瘤取り爺さんの鬼)。異界と幻想される地名として大江山が著名であるが、それは京都の都として異界の山であったためであり、異界としての山に接する地域には鬼伝承は多い[1]

国文学者・阿部正路、歴史学者・松本新八郎、評論家・馬場あき子が指摘するように、鬼の形態の歴史を辿れば、初期の鬼というのは皆女性の形であり『源氏物語』に登場する鬼とは怨霊の事だが、渡辺綱一条戻橋に出てくるように、初めのころは女性の形で出てくる。 古い鬼に関していえば、鬼の背後の象徴である大国主命は、大地の精霊であり元はものを生み出すという所から、女性であり蛇であった。また同様に川の精霊も蛇であり、そしてその蛇から龍等のさまざまの形象が生まれ、大地の神も同様に女性と考えられており、それが最終的に山姥などの鬼の1種へと変化する。古くより鬼は女性の形で形象される場合が多いのは以上を見ても、明らかである。 また鬼の一つ、茨木童子の鬼などは説話中、切られた自分の腕を取り返すために女に化け渡辺綱のところへ来て「むすこの片腕があるだろう」と言い、それを見せてくれと言うなり奪い取るくだりがあり、そこから女の本質は鬼であり、また母親が持っている、自分の子供を戦争で傷つけたものに対する憎悪のようなものが読み取れ、その怖さに合理性がかいま見えてくる。そして室町時代後期、南北朝を経てを境にして、鬼の形象が今日に近い形で出来上がって来る。そして、そこでは鬼は不条理なものとして登場し人間の知恵によって征服される存在だと語られる。 人の指が5本なのはそのうちの2本が知恵と慈愛などといわれる。ところが鬼は人と違って愛と知恵がないので全部で指が3本という。天邪鬼高野山の天邪鬼もそうであるが、「茨木童子」の鬼の場合は人間をだまして自分の腕を取り返す知恵があるから知恵の分の1本を足して4本なのである[2]

また「鬼神」という思想、鬼と神というのも中国から輸入された概念であり、鬼というのは地下の大地を守る神であり、また神は天上の霊魂を支配するという分業が神界にできており、それを日本人が大地の神を大国主命とし、そして天上の大王の神を太陽・天照大神にしたが為に、そこから民衆の世界に近いものとして大国主命がいろいろな形象であらわれる。大地の精霊であったものがいろんな形象に変化していき、中世になる過程に鬼になり、されども、「源氏物語」のころは鬼とは人間の霊魂であり怨霊と呼ばれ、物の怪とも呼び、形は不明なれどあいまいに鬼と呼ばれながら、中世にはヨーロッパにもある(ぬえ)という奇怪な羽根のある怪獣として表れ、それがトラの皮のふんどしをして、角を持っている力士姿のよく知られたあの姿、形が完成するのは戦国期である。狂言の鬼などは近世の鬼に近く「鬼は外、福は内」と豆をまかれて逃げるユーモアのある像が出てくる、すでに隠れ蓑打ち出の小槌などの呪具を持っており、だがしかし、能などの鬼はそれより古く、中世の『源氏物語』の伝統を踏んでいる。最終的には、戦国期に鬼の姿は完成したといえる[2]

中国の鬼と日本の鬼を比べて見れば、「魑魅魍魎」(ちみもうりょう)の言葉を見てもわかるように、魑魅魍魎はすだまであり、化け物である等、その文字の1つ1つの言葉がちがった1つ1つの意味を持ちつつ、魑魅魍魎というひとかたまりの言葉がそれ自体一つの意味を持つという類の言葉の構造を持っている。いわゆる中国の鬼と日本の鬼とでは多分に違いがあり、魑魅魍魎の字を見ても鬼に離れると書いても魑「チ」であり、鬼に宝を持たせても鬼偏に宝と書いて「チ」と呼び、鬼に失うと書いても鬼偏に失うで、「チ」と呼ぶ。中国人は魑魅魍魎の魑(チ)に対して様々な面から見ており、すくなくとも言葉自体が逆な意味を持つほどの多くのものを見ている。鬼に関連させつつ様々なイメージを持っていたのである。日本人は『斎明記』の記述に出てくるような、「もがりをのぞき見ている山上の鬼」以来、鬼というものを中心にしながら、土地の精霊である「鬼」に集約されるような、しきりに1つのイメージの「魑(チ)なる物」を考えようとしている歴史が見て取れよう。 中国の鬼とは天の思想のような物にかかわり、日本の鬼とは地の思想(土地の精霊)のような物にかかわるものであると言える[2]

「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。そこからの力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドイメージが定着した。さらに、陰陽思想浄土思想習合し、地獄における閻魔大王配下の獄卒であるとされた。

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