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良い思い

「良い思い」「良い思い」と一言で表現しているけど

実際なにが、良い思いかわからないっていうのが、

本当で、

まあ、これを調べる?ためにときにおもうままに

かくわけで、その時点では

批判だったり、怒りだったりするわけだけど・・。

良しにまるめこんじゃ、

自分の思ってることを意識できなくなる。

と、いう意味合いで、

ときおり、なんじゃ、この人間は

人をこう言う風に批判しかせんのか?

と、いうことも書く。

書いていく中で答えがみえるときもあるし、

「悪い思い方」を意識するだけの発表になるときもある。

問題は自分の思いを見定めることだと想うし、

それを上手になだめてしまっては、

変革する中心点がわからないときがある。

な~~んも出来てる人間なわけじゃないわけで、

出来てたら、こんなことかいてないだろうし・・。

で、話変わってというか、

上のことから思い出した話。

実際なにが、良い思いかわからないっていうのが、本当で、・・・

と、いう言葉から。

そして、このあたりの考えが

霊能力者やヒーラーやチャネラーや神道家では、

無理なんじゃないのかなって想わされる元かもしれない。

ある女性が結婚して、仕事をしていた。

やがて、妊娠し・・・それでも、仕事を続けていた。

ところが、臨月ちかくだったかな?

切迫流産という状態になり、

憂生のほうに、思いがとびこんできた。

「子供が死んだ」と・・。

ところが?

今の医療技術がよかったせいか?九死に一生をとりとめたのか?

はたまた、彼女の思いだけがとびこんできたのか?

子供は無事で彼女は出産まで安静ということになり

男の子を出産した。

憂生は彼女の体調をきいていたせいもあり、

妊娠中から彼女に仕事をやめるようにすすめていた。

「仕事のかわりはいくらでもあるが、子供の替わりは無いぞ。

仕事から見て、お前のかわりはいくらでもいるが

子供からみて、母親はおまえしか、おらんのだぞ」

だが、結局、聞き入れてくれず、切迫流産になったわけだけど、

結局、育児休暇?みたいなのを、1ヶ月ほどとって、

郭公の託卵のように、母親に子供をまかせて、職場に復帰した。

入院と産後の肥立ちとかで、かなりやすんでしまったのがこたえたようで、

せめて、乳がいらんようになるまで、それが無理なら

首が据わるまで(乳児にとっても一番不安な時期じゃないだろうか?)

なんとかならんのか?

と、たずねてみたが、それも

「いつまでもやすんでたら、ほかの人に・・」

ー見ろ、それくらい、お前の代わりなんかいくらでもいるわけじゃないか?

今、本物の乳をやれるかけがえのない存在である自分を犠牲にして

仕事に尽くす必要があるか?食っていけないわけでもなかろう?ー

その言葉を呑み込んだ。

それでも、つどつど、子供のそばにいてやれ、

せめて、三つ子の魂百までという・・

などと彼女の説得を続けていたわけだ。

そんなある日、師のところへ行った時。

「おまえね、そのこをたすけたけど、たすけてよかったか、どうか

おまえにはわからないだろう」

(余談だけど、その場に居合わせたほかの人は

ーそのこが助かったけど・・助かってよかったか、どうかー

と、きこえていたというか、そういう風に言ったとおぼえてるようだ)

で、憂生は当然、判るわけがないわけで、

その言葉を一生懸命考えた。

結論をいおう。

「助けてよかった。に、すればいいじゃないか」

って、思いだった。

この思いのせいで憂生は「お前が助けた」と記憶してしまったのかもしれないんだけど・・・。

では、助けてよかったにすればいい。と、いっても

どうすれば、良かったにできるんだろう。

って、ことをずっと、考えた。

この場合逆のことで考えるしかなかった。

もし、死んでしまっていたら、どうだろう?

彼女はかけがえのない命をうしなってしまうけど、

憂生のいっていた、子供の大切さとか、自分の価値を

骨身でしることになったのではないだろうか?

子供が助かったことで、彼女は逆にあいかわらず

どうでもいい仕事にくっつき、子供をかえりみない。

これでは、子供にすれば助かってよかっただろうか?

彼女の人生ということを考えたら、

子供は助からない方が彼女の人生を本物にできるという意味合いでは

助からない方が良かった。

とも、考えられる。

すると・・・。

ようは、彼女の人生。彼女の価値を本物・・値にしていく「思い方」になってもらわなきゃ

「助けてよかったにできない」ってことじゃないか?

そして、言葉だけが彼女をとおりすぎていく状態が続き

憂生がやってることは「思いをかえてもらう」ってことでなく、

単に彼女の批判としてしかうけとめられていないんじゃないか?

って、ことを、考え直して

「助かったけど・・」という話をもちだした。

それから、しばらくして、3人目を妊娠した彼女は

やはり、調子がわるいと(3人ともおなじ状態だったわけだけど)

連絡をしてきた。

ちょうど、TVで、切迫流産の対処法というのか?

子宮口を縛る手術ってのをみていたあとだったので

そのことを話たら

「もう、その手術したんだ」ってな話だった・・。

そこまでして、仕事がいいなら、それも生き方だな。

って、憂生が引いたときだった。

「実は仕事をやめようとおもっている」

意外な展開だった。

そして、彼女は仕事をやめ、育児に専念しはじめた。

連絡が届いた。

「子供って、あんなにかわいいもんだったんだ。

わたしのことを目で一生懸命追いかけてるんだよ。

見えなくなったら、不安そうな声で泣いてよぶんだよ。

私はもうちょっとで、こんなこともしらないままに人生おえてしまうとこだった。

子供にはどんなに母親が必要か

一番必要な時にいてやれなかったことにも

気がつかずにおわっていた」

彼女がその思いにたったことが、

「助かって良かった」ってことになるのか、憂生には判らない。

ただ、おこがましい言い方だけど、

この「助けてよかったにする」という考え方は

憂生自身の考え方というか、

生き方になったところがある。

別の事件でも

最終的には

「助かってよかった」

「助けてよかった」

に、しなきゃ本当の救い?にはならないって、

そして、憂生自身が「助けてよかった」と、いうところまでもちこまないと、

憂生が救われない。

けして、人をすくっているわけでもなんでもない。

自分に関った人間を「助かってよかった」にしなきゃ

憂生が救われない。

そこがね・・・。

霊能力者とか、ヒーリングとか、チャンネラーとかの人との違いというか。

自分を救うのに、なんで、金儲けにしちまうんだ?って、

憂生はおもってしまうんだ。

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