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妙見信仰・・の元 長浜神社

大阪。妙見さんと、北斗神剣(北極星・国常立命・金剛武人・仁王・うしとら金神・・・(スサノオとの関連)

「出雲国風土記」の冒頭を飾る「国引き神話」は、綱をかけ海のむこうから土地を引き寄せ縫い合わせた国土生成の話である。長浜神社は、国引きの綱の「薗の長濱」の地に鎮座し、国引きの神「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」を主祭神としてお祀りしている。海のむこうの土地に綱をかけて引き寄せ大地を造られたご事跡により、綱引きの祖=スポーツ上達・不動産守護の神としてのご神徳が知られる。国引き終了の時に神は杖をたてられ、その後も杭を打って歩かれる。これが島根半島に点在する要石(かなめいし)であり、社地の妙見山にも土地鎮めの要石と子授け安産の夫婦石(めおといし)が祀られている。さらに神は石見国へも悪者退治に出かけられる。また、境内にあった神庭桃(かにわもも)から栽培が始まったという当地の桃栽培は、かつて「妙見桃の石見行き」と謳われたほどの産物だった。現在の主要産物はぶどうに変わり、妙見山も桃源郷から桜の園へと変容した。

社寺の名称長浜神社(ながはまじんじゃ)  通称 妙見(みょうけん)さん 国引きの宮
御祭神八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)
    風土記に登場する国引きの神。国土生成して国号命名し、その足跡は
    石見、伯耆国に及ぶ。
布帝耳命(ふてみみのみこと)  古事記に登場する大国主命の祖母
淤美豆奴命(おみずぬのみこと) 父と同名を踏襲する国引きの神の子
御創建・開創和銅三年(710年)以前

国土生成の神であり、「出雲国」という国号の命名者である八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)を祀る当社は、社号にも「出雲」を冠し「出雲社(いずものやしろ)」「出雲神社(いずもじんじゃ)」などと称していた。 古文書に「和銅三年菊月八日二時ノ帝ヨリ出雲国神門郡照浄山南方水海西出雲御社ト勅諚成テ廣太照光妙見トナン給シ~云々~」とあり、創立は和銅三年(710)以前で、後に妙見信仰が浸透したことがわかる。 中世以降は「妙見社(みょうけんしゃ)」・「妙見大社(みょうけんたいしゃ)」などと呼ばれ、明治以降は「長浜神社」となり今に至る。 かつては肥後の八代妙見・山城の家苗妙見と並び日本三大妙見と称されるほど霊験あらたかで知られた。 また、豊臣秀吉の唐入り(朝鮮出兵)の際の百日祈願でも知られる。加藤清正(かとうきよまさ)や片桐且元(かたぎりかつもと)・福島正則といった名だたる武将の参拝があり、その折の「弓掛(ゆみかけ)の松」が境内にある。緒戦の連勝連勝に太閤いたく喜び、桐の神紋をはじめ恩賞を授かっている。この頃から「武道・スポーツ上達の守り神」のみならず「勝負に勝つ神」として広く信仰を集めるようになった。 江戸時代には、大梶七兵衛の開拓に先行して、社家の秦重成(はだしげなり)・喜兵衛(きべえ)の兄弟による私財をなげうっての海岸の砂防植栽と神門水海(かんどのみずうみ)干拓事業が、近世の国引きとして地域開発の歴史の一頁を彩る。 戦前の社格は県社で、現在は島根県特別神社に指定されている。


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