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運気は気を運ぶと書くんだよな・・

ただ、10年ひとくくりで、自分を支配する星の運気のひとつがあたっている。
「何もしたくない」
と、いう停滞に近い運気である。
それによると、その運気がはじまると、
今まで好きでやっていたことにも、興がのらずわずらわしくなる。
と、いうのであるが・・・。

この運気がおわるのが、あと1年・・かな?

ここ1年振り返ってみれば、相変わらず、「何もしたくない」でありながらも

なんとか、旨物をあげたり、最近はまた物語に戻り始めた。

おそらく、「何もしたくない」運気の終盤がちかづいてきて、すこし、上向きになってきてるのだろう。

確か、次の運気が逆に行動的になる。

川の流れでいえばよどみつつ蛇行してわずかずつ進んでいった先に、滝がある。

と、いう感じかな?

だから、停滞の終わりかけになってきたら、一変する状況にひきずられて、

好きな事だけは、流れをはやみだしたんだろう。

何故か、分からないがとにかく、なにか、書きたい。

ところが、ハイな頃とくらべると、とにかく、文章が沸いてこない。

おまけに、書いてる主題から、ぞれる。

ここ1年くらいの日記を読み返していると、「話しがぞれた」「違うことになったから、しきりなおす」「かもしれない」など、不安定と起承転結ままならぬ、ぞれまくり・・。

おまけに、書いてる最中に浮かび上がった事がぽろりと抜け落ちてしまったり、失語症チックで、特にでてこなくなる言葉がカテゴリー・・・。他のブログだとテーマだとか・・別の言い方をするので、そっちを思い出して、出てこなくなってわざわざ、ブログ管理室にはいって名前を確かめる。

こんな調子だから、やはり停滞の運気の中にいるのは、間違いないし、

ともすると、些細な事で気が落ちる(この前のスパム云々もそう)

白い朝に・・・の下書きをかきあげ、それを清書し始めた頃までが、もっとも酷かった。

アクセス解析で・・アップしてなくても、きてくださってる人・・。

この存在におしあげられた。

自分のためにも、一歩、進まなきゃとも思った。

書く心になるまでが、自分との戦いだった。

そして、書き始め・・・最近、例の通知が来た。予想に反し、一次で振り落とされていた。

正直、入選したら、人生、環境、仕事、変えようと思うところがあった。

だが、それこそがいけないとばかりに一次からおとされ、しばらく、崩壊した夢?を宥めていた。

元々、諦めきれずにいたものを、ふんぎりつけるためだったんだから、下手に最終選考までのこったら、また、同じことの繰り返しになる。それで、良かったと思うのと、このままがんばっていけってことだなとなにか、覚悟めいたものが生まれてきた。

そして、まあ、こんな憂生のよしなしごとを今までずっと、かいてきて・・。

日記も1000話こしたんじゃないのかな?

いろんな場面の憂生がいて、ブログの中に、憂生というエッセンスが凝縮されてる。

それでいいじゃないか・・。って・・。

だから、物語も書くし、愚痴もにゃこのことも料理も想いもエトセトラエトセトラかいて、

で、もって、当初の目的からおおいにずれた話になって、またも「ぞれた」って、

おい、憂生、大丈夫かよ?

って、自分で心配しながら・・・

それでも、書いていこうと・・・。

で、やっぱし、宿命とか運気とかの話しから

「ぞれた~~~~~~」

この占いに遭遇する前に、いつだったか、宿命と運命の違いとはなんぞや?みたいな感慨を述べた覚えがある。
憂生としては、字のとおり。
使命などというように命は何らか(事・イベント?)をあらわすと思った。
こうなると、運命は外側から運ばれてくるイベント。宿命とは自分が持って生まれて内に保有しているイベント。
と、解釈できると思ったのであるが、
外側から運ばれてくる他の人間とのかかわりなどでおきるイベントはある程度自分のポリシーなどで、事を具体化するか否かをふりわけてしまえると思った。
ところが、宿命をいえば、
事を振り分ける自分自体をつくっている部分ではないかと思えて仕方が無かった。
たとえば、昔からいうように、憂生は不倫は嫌いである。
だから、運命上で不倫事態が起きたとき、それを自分のポリシーで避けて通ることはできる。
ところが、もしも、自分の宿命の中に不倫があったとする。
ポリシーでいくら制してもどうしても、惹かれてしまう。行動に移すか否かは別として、
この自分の感情はとめられない。
自分の底?から沸いてくるのであるから・・・。

そう考えたときに、宿命・・・。
宿命という氷山の下に何があるか、わからないと思ったのである。

そこで、気になったのが、前世だった。
某番組でも前世の記憶?が今生に引き継がれるという事を実証?するため催眠法で前世を呼び出すという実験を行っていた。
なんだかとても、高いところが怖いという俳優の前世は、パイロットで飛行機から爆弾を投下したり、機関銃で人を撃ち殺していたりしたらしい。
だから、その懺悔の念が残り、飛行機に乗りたくない。イコール高いところに行くのはいやだと今生に働きかけてしまうらしい。

と、この前提を素直に信じて見たときに、憂生がひっかかるのは、正義感というか、筋が通らないことは嫌い。白黒はっきりさせたい。あるいは、曲がったことをゆるさない。
(これを本人に当てはめると矛盾するのだが・・・)
と、いう堅苦しい部分がある。

それで、ふと前世占いをしてみたのである。
ここまで、こだわる部分があるので、
昔は遠山の金さんかなにかっだったのではないか?/笑・・・と。

結局、回答は奴隷だったという。
色んな設問があり、そのほかの質問からのからみがあるが、頭の良い奴隷で、主人の不正や奴隷制度の理不尽とかこういうものに、業を煮やしていたらしい。人を思うのも、同じ奴隷仲間の窮乏を見るに心を痛めていたとか・・・。

この前世占いのほかもやってみたが
やはり、聖職者とか、裁判官というものがでてきていた。

この占いが当たっているか、否かは、憂生にわかるはずも無いが
なにか、宿命の後姿がちらりとみえた気がしたのである。

そして、六星占い。

大殺界の中に宿命大殺界があると聞いて
星の運気をあてはめて見た。
大殺界はこれから始まっていく。
だが、今までの人生。
正直、もうすでに、大殺界が終わっているだろうと思うような悲惨なイベントが多くあった。
ところが・・・まだこれからで、今までにまだ一度も宿命大殺界がないという。
愕然としたのが本音だった。

ただ、10年ひとくくりで、自分を支配する星の運気のひとつがあたっている。
「何もしたくない」
と、いう停滞に近い運気である。
それによると、その運気がはじまると、
今まで好きでやっていたことにも、興がのらずわずらわしくなる。
と、いうのであるが・・・。

実際当たっているのである。
ぴったり文章がすすまなくなったころ、
それがちょうどその運気の始まりであった。
今もその運気の中にいる。
簡単な文章なら書くが、あの物語たちに立ち向かえなくなっている自分がいるのは嘘じゃない。

そしてこの運気が終わると
憂生は、宿命大殺界連続2回(20年)にはいる。
この時に生き方が大きく変わるという。
悪くすれば宿命大殺界に飲み込まれる。
良くすれば、新天地を開拓する。

自分の底にある宿命・・・

これは、いったい、なんであるのか・・・。
見えてつかんで終わるか
見えて飲み込まれて終わるか

そして、手をじっと見る。

大きすぎる、神秘十字星。

強運であるはずの神秘十字星も
本によっては、最悪の十字星に化すとも歌われている。

5年後・・この文章にどういう付け加えができているか、あるいは、日記も続けられないほどの逆境におちいっているか・・・。

まあ、実験材料気分で自分を眺めて、
そのときに自分の宿命を語ることができるとおもしろかろうとは思っている

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