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考え事・・4

まあ、いろいろ不思議な力?を持っている人だったわけだけど、どうも、その力にうなづいてしまったきらいがある。

こういうひとはちょくちょくおめにかかるわけだけど、

多く、3っつに分れる。

その能力をいかして、カウンセラーとか、まあ、そういう方向に行く場合。

そのまま、普通に生活している場合。

精神的な疾病に影響が出る場合。

まあ、憂生はそのまま生活しているといえるかな?

こんなあたりのことを書くということについては、まあ、一種研究家か?

で、憂生の考えは以前にも書いたけど、自分に直にかかわりが無いことについては、自分の因縁ではないと思うので、こういう力を多くの相手に使って・・なにかするということはおこらない。

自分の所まで、飛び込んでくるものについて、何かひろったり、

ピン?と来る事があったりするわけで、まあ、このあたりは

限られた人数と言ってよいと思う。

そして、その中でも具体的に話をするという相手は、もっとすくない。

で、上記の彼が具体的に話をしていった一人であるわけだけど、

こういう不思議な力あたりの話がでてきはじめたころから

「じと~~ん」がはじまった。

その頃はなぜ、「じと~~ん」を感じるのか、「じと~~ん」は何故おきるのか、

いまいち、見えてなかった。

今は8割くらいがそうだろうとおもうけど

「その人の中のなにか?」が、「何かを本人につたえてくれ」という思いで

こちらに近づいている時ではないかと思う。

でも、当の本人に話しても、それを受けいれる場合と

受け入れない場合がある。

その後ろの何かがある意味強大なものだったりするときもある。

先日もやってくるので、ある魂をつつみこんだ。

次元が高いものだとおもわれるんだけど

正直、こっちにくるか?って、きぶんだったけど、

まあ、来た以上は・・ってことで、包んだ。

それから、二日ほど、手が軽くしびれているんだけど・・。

まあ、よほど、次元が高いのだろうとおもいつつ・・

さりとて、憂生の手の中にきているようでは、まだまだじゃねえのかい?

とも、思う。

まあ、だから、包んでも大丈夫だなとおもったわけだけど

けっか、まだ、手がしびれている。

で、このしびれるという事については、

二つ、思う。

ひとつは、一般的に考えられる『障り』現象。

もうひとつは、その魂自体についていた、業というか?

こう言うものをこっちが拭ったというか、かぶったというか・・。

今までだったら、本人が、特定できたわけだけど、

この場合はまだはっきりしていない。おそらく・・という状態。

で、その本人に何らかの形で話をしたり、日記を読んでもらったり

と、いうことで、相手が現実的にかわってきてるというのがあったわけだけど・・。

この魂の感じはむしろ、透明にちかい。

と、いうか、色をかんじない。

おそらく、思いはすみきっている。

で、前述の白い光の人。

これは、白っぽい、すこし、黄色っぽい白だったんだけど、

表面がかさかさしていて、どういうのかな、小麦粉を丸めて

粉をたしたときに表面がぼろぼろっとした感じになる。

ああいう感じで、潤いがないというか、乾燥した肌だとそこに雑菌がはいりやすいのと同じで、その部分で心霊現象をひっぱっている感じがした。中までは侵食されていないけど、表面が皮膚病になっているというイメージだった。

で、今回の透明な人はそれなりに思いが澄んでいるとは、思うものの

魂自体に身上のようなものをうけている。

ちょっと、ここが心配なんだけど、芯が黒い・・・。

まるで、葛餅のように、真ん中にあんこ玉みたいなのがある。

魂の中心には、まあ、言えば、魂の魂がある。

ここは、通常、誰にもどうしようもできない場所。

この中にあるいは、前世がはまりこむのかもしれない。

で、この魂の魂まで発動させている人というのは、

まず、いない。

憂生の思い当たる限りふたり。

一人は亡くなってるし、で、前述した金色の光のことで、

この方が憂生の中にいるか、どうかとおもっていたわけだけど・・。

まあ、こういうことがあるので、

憂生はいっそう、神の力とか、

霊の力とかいうのを、よろしくないとおもっているわけだ。

チャクラが開いたという言い方をする人がいるけど、

ようは、この魂とのやりとり部分。

この部分は触れる事が出来る部分だから

神がコンタクトしたり、霊がコンタクトしたり、自分がコンタクトできる。

問題は魂の魂。

憂生はここに自分本来の使命とかそういうものが詰まってると思うわけだ。

でだから、魂部分で神とか、霊とか、こういうものにコンタクトさせて

その次元でおわりたくない。

まあ、それが、その人の魂の魂の使命ならそれはそれでよいと思う。

でも、どうも、憂生自身はそうじゃないと思う。

思いたいのかもしれないけど/笑

自分でもまだ、その部分がわからない。

判らないけど、そこからの送りみたいなものはくる。

もちろん、憂生にじゃなくて、魂部分といってよいか。

そこのところで、たとえば不思議な力がわく。

それを神や霊がつかおうとする。

場合によって、それは、必要なばあいもある。

自分の魂のために・・。

でも、それはいずれ、はずしていかなきゃならないし、

もっと、本質的な使命を遂行できるようにならなければと思う。

神や霊の次元に使われてるだけでは、人助けはできても

自分の魂をすくえないということがある。

これが、憂生が思う魂がかぶった身上。

そういうのを今回の魂にかんじたから

だから、中心がくろくなってるってとこが、

ひどく、気にかかる。

このパターンでいえば、たとえば

オウム真理教とか・・。

あのひとも「澄んでいる」といわれた人だった。

思いさえ綺麗にしていけばそれでなんとかなるというだけにはいかない。

と、いうむつかしさは、特にそういう力が自分の魂にとってどうか?

というところがわからないところにある。

憂生自体はどうしても、神や霊につかわれるではいけないと思う自分がいるから

そう思う自分をしんじて

ふと、魂の事がわかるようなきがするのも、

正直、ちょっと、不安なところがある。

自分で判るのか?

それとも、ほかの何かの力か?

ってね。

デ、そういう事を自分の認識にもちこむためにも、

こういう信じられないような、確証の無いことも

書き留めておこうとおもうようになったわけだ。

話がずれちまったよ・・。

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