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*憂生’sワールドにどうぞ、いらっしゃいませ*

cafeに来た、本来の目的かぁ。
なんとなく、わからないこともない。
(↑二重否定はややこしいからやめましょう…)

確かに、cafeの日記めぐりはしても、
なかなかリンクまでは開かないもんなぁ。
特に、初めて訪れたページでは。
日記でひきつけられて、興味がわいて、リンクも開いてみる。
憂生のとこでのアタシはそうだった。
実際に、足跡とかで話するようになったキッカケは別にあっても(笑)
訪問はちょこちょこしてたからね。
日記のほうがすぐに読んでもらえる、ってのは間違いない。
いきなり長文だと、それだけで躊躇っちゃう人もいるのでは?とも思うけど。
まあ、そんときゃ、縁がなかった、でそれまでなのかなぁ。


cafeの日記はダイレクトにレスが書けない/もらえないから、
人の日記には足跡で反応ってことが多いんだけど、文字数の制限がね・・・
ヘタに省略しすぎると、意図が伝わらなくなっちゃうし。
最近はむしろ足跡よりも掲示板に
メッセージ 残すことのほうが増えてきたなぁ。
自分の日記もブログに移行しつつあるし。


わかりますね。
足跡で話してるうちに、うまくつたわらなくて、メール書いたりなんて事もよくあります。

目下のところの悩み?は
悪童丸よりさらに長い「白峰大神」を
いつごろ日記にあげようかと言う事です。
1作品で、一月では
白蛇抄のアップが1年以上かかる?

白峰大神にしろ、この先の作品にしろ、やはり、
この悪童丸が要で、
ココを判ってもらってないと
先が薄くなりそうでいけないんですよ。

相方あきらにいわせると、
邪宗の双神が物語の集大成らしいですが、
この作品が1番長いです。

「思いを救って行く」/あるいは、きりかえてゆく。

別に澄明でなくても、現実の世界で
思いをきりかえて、自分を救わなきゃならないって事があります。
こういう意味でも
憂生が常日頃日記でほざきまわってる事と
物語は何もかわりが無いことを言ってると思ってます。

物語りも日記も
なにもかも、ここで、表現された文字が
語ることは
やっぱし、
憂生’s
ワールド /わーど?。

とっぷりつかりこんで、
貴方の実践の応援歌になってくれたらいいな。
なんて、思ってます。

日記を読んだ人がどこまで、ひっかかってくれるか、わからないけど、
原点は「起爆剤」でありたいだけ。

ま、がんばって、作品をあげてゆきます。

こちらもこうやって返信がダイレクトで
うれしいものですので、
どんどん、横レスも縦返信もしてやってください。

ちゅらら ・・・ありがとう。


仲間なんてそんな簡単な?言葉でくくられたくはないかもだけど。
って、これをココに書いたら、またこっちのスレッドが上に来ちゃうなぁとも思うけど。
憂生の思いに踏み込みすぎちゃいそうで、あっちのスレッドには書けない…。

憂生は優しいから、優しすぎるから、
自分で救えない存在があることで、自分を責めてるんじゃないかな、って。
それが時々、アタシも心配になる。
Ouiって書いたときもそんな思いで書いたんだ。




白蛇抄、アタシはようやく「井戸の柊二郎」を読み終えたところ。
どうしても、
ストーリー を追ってしまって、
書き手の細かい思いを、一読しただけでは拾えないアタシ。
2度、3度って読んで、ようやく細部まで気をまわせるから、
じっくり何度も読みたいんだけどね。
2回目を読むより、次を読みたくなる。
そう、都合よく解釈しといてください。実際、そうだし。

それでもね、作品を追うごとに、憂生の声が聞こえることは増えてきたよ。
日記でも物語でも、言ってることは同じ、って憂生自身も書いてるように。
作品を読みながら、憂生の声が聞こえる。

だから・・・
ちゃんと伝わってると思うよ。憂生の気持ちは。

だから、いろんな人が集まってくるこのネットの世界でも、
いつのまにか、憂生に魅了された人が
周りに集ってるんだって。
「シッカリ保存?してあるんで、
とってきました。

下のスレッドでちゅららが言ってくれてる事はこのことなんだけど、
まあ、なんちゅうか、
こんな奴だけど、そう思ってくれるちゅう~ことは、
本当ありがたいっす。




Oui.

フランス語の肯定。
いわゆる、「はい」というヤツ。
そんなこと、フランス語を選択してたちゅららじゃなくてもわかるって…。



そう、あなたの言葉には、いつもうなずかされる。
「そうそう」って納得したり、「そっかー」って励まされたり。
それは、あたなの器量であり、飾らない本音だからなのかな。
ストレートに心に響いてくるから、時には図星すぎて痛いくらいのことも。


逆に、あまりに飾らないその言葉に、
あまりにも裸のあなたに、
ちょっと心配になることも。


ちゅららは、すごくすごくたくさんのパワーをあなたからもらってきた。
これ以上求めたら、求めすぎたら、あなたのパワーを吸い取ってしまうのかな。
求めちゃいけないのかな。

求めてばっかりで、あげられるモノ・コトが思い浮かばないけど・・・
でも、でも、まだまだ、ちゅららはあなたからパワーをもらっていきたいのです。


甘え下手なちゅららだけど、今はなんとなく、
このことを書かずにはいられない。


「ちゅらら。ありがとう」



*ちなみに憂生[oui」だけでなく「we」でもあります。
HPの先頭「憂生’s」は「憂生の」
という意味だけでなく、「
with 」/一緒に/をかけております。

*憂生’sワールドにどうぞ、いらっしゃいませ*」


今回はブログの方にぽつぽつと作品をあげてます。
初の連載?形式なので、うまく、つながってゆくか、ふあんなところがあります。
で、もって、
またも、気がかりなのがお得意の性描写?&そのときの心理描写。
今回、近未来の日本において、戦争状況下においての
一種、レイプを扱っていくつもりです。

こういう内容を扱うと、
レイプ被害者の心情をうんぬんという
非難がきそうなんです。

と、いうのも、どういうんだろうなあ。
レイプがレイプであってレイプで無い。
敵兵に暴行?をうけながら、
彼女の心の中で、
死を隣り合わせにしている兵士への
一種情愛と理解?がうまれてしまう。

まあ、きょくたんに言えば
戦場の聖母/
マドンナになるのかな?

彼女の身近な人間の命まで奪い去って行った兵士の
餓えは性でまぎらわすことができるのだろうか?

一瞬の忘却。
死への恐れを
性というもっとも、生きる事の基/命を生み出して行く運動であると言う意味合いで/で、忘却できる?
それとも、性は生きている証?
肉体へ快さを与えることは
己の生命をいつくしむ作業なのか?

彼女の中で色んな葛藤があったろう・・・。

だけど・・・。

彼女の思いは
いつか・・・。
空をかけぬける。

う~~ん。

こんなことをココに書いてもよくわかんないなあ。

と、いうより、上手くかけるだろうか・・・。

やっぱ心配なのはそこら辺をにおわせる
性表現。
うまく・・かけなきゃ、そのスレッドだけ、非常にやらしくなりかねない。

むむむ、そういう意味では連載は尚、難しいと言えるかもしれないな。


*Withの方は全然気付かなかった。感じた通りのお仲間!
ありゃ、そりは、ここに書くなって??

むむむむ。

では。既に読み始めさせてもらってるブログの方の話題へ。
いわば。「ドストエフスキー with ソーニャの魂」へ挑戦って感じですね!

やっぱ楽しみだ~♪
(と更にプレッシャーかけて、とっとと逃げちゃうのだっ!)

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