画像1 画像2 画像3 画像4

うにゃうにゃうにゃ・・

いつだったか、プロの書き手はいるけど、

プロの読み手は居ない。


って、話を相方AKIRAと、話した。

「あたりまえだろ。プロというのは、金を稼ぐんだ。

憂生のものを、読んで、憂生が金くれるのか?」


ごもっとも・・。



まあ、だけど、読み手の受け止め方の違いというのかな。

アダルト執筆部分でも、多少、そういう事をかいたし、

日記にも、すでに書いている。


結局、物語の後ろ側を読み取れるってのは、

ひいては、その人の人生経験での「一種、苦労」だなって思う。

で、何が言いたいかというと

七日七の最後の科白。

文脈的には意味が通じてないのだが。


「あれの生き様を変えとうない」


この裏側の童子の思いが一言に出てる。

逆に生き様を変えさすということは、

童子がかなえを娶り、一生、添い遂げる。と、いう事になる。


本心はそこまで、かなえを思っている。

それを、変えとうないと、一言で言う、

童子の思い。


成っては成らないと心をねじ伏せる。


たとえば、別に恋愛でなくても

そういう苦労をしている人が読んだら、

童子の底の思いや苦しさまで、読み取る。


こういう事をあちこちにぽんぽんおいておく。

前にも書いたけど、白蛇抄は自分のレベルで書いてる。

自分が読んで納得する考え方で書いている。


どういう考え方かは、物語でいちいち説明できない。


たまに、こうやって、ぶつぶつ言う。


そして、これもどこかに書いたが

人のものを批評するのは、嫌だ。

書き方とかいう技術的なものは別だが、

「考え」や「感情」に触れる物は特に嫌だ。

なぜなら、そこまでしか読み取れない自分を

披瀝するのに、等しいから。


とは、いうものの、

あちこちの若い人の文章を批評させてもらったことが有る。


本人が「おかしくないか?」

と、教えてくれというのだから

仕方が無い。

そういう場合、やはり、逸って書いている。

心理と食い違った行動とか、

前提を無視した文章になる。


とりあえず、そこだけ、教える。


この部分でAだといってるのに、

あとになったら、Bになっている。

Aに直すか、Bになっていく経緯を書き込む。
と、教えるんだけど、それが、判らない。

必死で書いてるから、全体像がつかめない。


AがBになってるという事から、

理解できない。


で、泣きながら文章直す。

指摘されたことを理解するまでくらいついてくる。


でも、そこまで、はっきり、こっちが、いろいろ指摘するってことは、

逆を言えば、よい物を持ってるから。


それでも、よほどじゃないかぎり、こっちからは言わない。

こっちが、言うときは、文章の中での本当に必要か必要でないかの部分へのこっち側の疑問。


まあ、昔は、よく、人の文章、直した。

個人的にワードにとって、

どこが、おかしいんだろうか?って。


自分ならどう書くか。


ず~~と、書き直して思ったことは、

その人の思いまでは、映せないって事。


なぜ、この主人公はこういう行動をとったんだろうか?

って、思ってしまう。

当然、自分に思い入れが無いから

何故か、判らない。

判らないから、心が見えない。


自分の物語で思い入れを映せる表現をした方が早いわけだ。


そして、やはり、その人のスタイルが有る。

もっかのところ、すごいと思う人は二人しか居ない。

ひとりは、上に書いた人。


もうひとりは、レガち君、君だ。


きちんと、自分のスタイルを築き、

余分な装飾のない

的確な表現が

逆に文章の後ろの世界を無限空間にする。


正直、言葉を選び、表現を選ぶということの

究極をみる気がする。


うらやましい限りだ。



関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
4895位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
1806位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク