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千木のルーツ・・(千木・・3)




千木のルーツを調べていこうと思った。

勝手に拝借しているので、非常にもうしわけないのだが、

まず、以下の千木についての、考察にうなってしまったのである。

★インドネシアで牛頭をそのまま取りつけているように本来、牛の頭を象ったものである★

当然、牛・・・ときて、ぴんと来るものは、

牛頭大王こと、スサノオのことである。

スサノオのことについては、鞆の沼名前神社のことを書いたときに

併せて、祇園社のことも、書いた。

この沼名前神社の横に祇園社をたてたことによって、

沼名前神社にスサノオが合祀されたのかもしれないとか、

祇園社の発祥源であることから、ぎゃくに

神宮皇后がおおわだつみに祀り変えたのではないか?

で、地元の有志がスサノオを起こすために祇園社を発動させた?


だから、ひょっとすると、元々祀られていたのはスサノオだったんじゃないか?

沼名前神社の前は「くま」と読む。

このことからも、前=祖であり

祖は隈・・九州地方の熊襲ではないかいなあああああと、

無茶なこじつけをして、話を終えた。

で、まずは、牛頭大王をしっかりしらべなおしてこようと・・・。

なんで、スサノオが牛頭大王になったのか?

はたまた、もともとの発祥はどこからだろう?と。

で、みつけたのが、

以下

★スサノオ(素戔鳴)を祭神とする八坂神社『祇園祭』の神輿行列には、スサノオが転生した『牛頭大王』、稲田比売命(いなだひめのみこ)が転生した『婆利女』が登場する。稲田比売とは櫛名田比売のことである。★

こんどは、『婆利女』がわからない。と、いうか、これが、ヒントだというもので、

調べてくればヒンズー教・・・。

どうも、中国仏教よりヒンズー教のほうが、先か?

インドからの交易ルートについても、キリストがエジプトにいた?という話で

スリランカに大規模な修行寺院?があったということも書いた。

インドからヒンズー教?

東南アジア、タイなどから千木?

その千木は牛の頭が元?

牛の頭・・・・。


なんで、牛の頭なんだ~~~~~?

さらにネットを徘徊・・・・。

見つけた。

★シュメール語で牛はウルと言います。そして牛頭信仰がアナトリアを起源に


世界中、四方に散っていった形跡が残ります。

牛の頭に対する信仰、「牛頭信仰」は、その後の人類の歴史の中に系譜が遡れます。

私達日本国のスサノオのミコトは牛頭大王という別名をもっていますし

牛頭天王というのが古代天竺(インド)に居て、釈尊の教国の僧坊である祇園精舎の

守護神だったといいます。

文明の流れは、アナトリアから北シリアを経てメソポタミア南部へ流れ

そして古代メソポタミアのウル人あるいはシュメール人が、インドを経て

東方へ移動した可能性が高いと考えられます。

メソポタミアのウル人はアッカドが滅びた時、サルゴン王に追従してインドに侵入し

月氏になりウラルトゥの連合隊に加わり、そしてサカ族となってウガヤ王朝の中心的存在になり、

日本に渡来して蘇我氏になったと考えられます。★


情報多すぎ!!

シュメール人については、語源だったかな(はや、うろおぼえ)

完璧に日本とダブっていたので、シュメール人からの継承があるとかんがえていたので、

ここにきて、シュメール人がでてきたのには、いささかびっくり。

つまり・・・牛頭大王は祇園精舎の守り神・・・。

と、いうことは、牛の頭をかざるというのは、守護の意味あいだろうね?

牛頭大王が、なぜ、スサノオになってしまうんだろう?

いや・・・もっと、いえば、千木は守護であり、スサノオも守護神であったから

千木イコールスサノオで

スサノオが牛頭大王に転身した?

もっと、こじつける。

もともと、スサノオが憂生いうところのウガヤ王朝の人間。

だから、権力者あるいは、聖なるものの象徴として

千木を使っていた。

で、大和朝廷がウガヤ王朝を滅ぼすとともに、権力の象徴である千木も

継承した。王冠の形が権力の象徴として継承されるように・・・

ウガヤ王朝が、上の記事にもでてきているが、文章から推察すると

うえの、ウガヤ王朝は、憂生いうところの九州、日向あたりにあったのではないかという

ウガヤフキアエズ王朝とは、別のものである。


そう考えると、水平の千木が伊勢神宮にしか見当たらず?

他にあるのをしらないだけだが・・・。

美穂崎神社に両方あるのも、唯一の権力者であった

出雲族のなごりであるともいえる。

そして、大和朝廷はウガヤ王朝、ウガヤ王であるスサノオを抹殺した。

出雲族もまた、大国主命な名前でわかるように

多くの国を支配するスサノオの統治下であったろう。

そして、出雲大社はもともと、スサノオがつくったものではなかろうか?

水平の千木をのせて・・・?

それを大和朝廷がわが国を譲ったかわりの約束でたてたとかきかえた?

では、天にも届くといわれた出雲大社はいつごろたてられたのか?

また、いつごろこわれてしまったのか?(こわされてしまったのか?)

そんなことをかんがえていたら、ウィキによると、

千木の形態は男神。女神の違いだと説かれていた。


あれ?


まあ、これも「一説」でしかないし、

いまだに、水平の千木のルーツがわからないんだけど、

天を受けるという発想からして、

その時の一種、巫である存在。天から定められた後継(統治者)と称される存在だけが

水平の千木をつかったのではないか?ともかんがえられるわけで、

どうにか、出雲族直系でない水平の千木を有する神社?神宮をさがしあてたいのだが・・・。

どうも、今、軍配は男神、女神にあがりかけてる。

かじったところが違ったかなと思いつつ、

もうすこし、千木と出雲大社(昔の)をしらべてこようと思っている。

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