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怪奇と幻想?

その昔、怪奇譚が好きで、その中でも、山姥が好きでした。

好きという表現は誤解をもたせてしまいそうですが、

山姥も人をとって殺すという山姥を好きになったのでなく・・・。


普段、そんなごちそう?なんか、たべれるわけもなく、

草の根わけてものごとく、必死で食べ物をあさったものと思えます。

なにかの日本画で山姥を見たとき、山姥は自然薯を手に持っていました。

自然薯は精がつくといわれる食べ物です。

ですが、これを掘り起こすのに大変苦労します。

山姥は痩せさらばえた体で一生懸命、山芋を掘り、住処にとぶがごとく、帰っていく。

そんな感じの図柄でした。


これが、なにか、やむにやまれず人を食らう、山姥の普段の生活と飢えと寂しさ。

一種、悲哀をかんじさせられて、それから、山姥が好き(なんか、いい表現ないかね?)になりました。


そうこうするうちに雨月物語を読んで、「菊花の契り」(BL系統さん、そういう類ではありません)だったかな?

題名忘れていて浅茅の宿?・・・。

まあ、いい。


これが、いたく心に沁みて。


内容は旅の途中で無人の古家に同宿した二人の侍がなにかの縁だから、

来年、此処でもう一度会おうと約束しそれぞれ旅立ってゆくのです。

そして、約束のその日に行ってみると、ちゃんと相手が待っていて酒をくみかわし、談笑し、

次の日になってみると、相手の男はおらず、古家だった家も朽ち果てて、

とても人がはいれるような状態で無くなっていたのです。


そして、おかしなことだと思って帰路につく途中で、土地の人間が

「昨日、古家の方向に飛んでいく火の玉をみたが、貴方は見なかったか?」

とか、なんとか、訪ねられるわけです。


それで、ああ、相手の男はもう、死んでいたのに、約束を果たしに来てくれたんだ。

と、解かったと、まあ、こういう話なのですが

約束したからには必ず約束を果たす。

こういう思いが、死んでも、動くんですよね。

そういうのが、憂生の物語を作っていく下地にあるきがします。

ついでに、もうひとつ。

自分の下地になった。で、思い浮かんだのが

物語の多くの中に在る観念は「赦す」なのですが、これに影響を与えたのが

怪奇譚ではありませんが、

鬼子母神の話です。


この発想を、白蛇抄13話めくらいに、ちょっと、使わせてもらってますが

鬼子母神は人の子を食らう鬼だったのですが、観音(だったかな?)がその鬼の子を隠してしまうのです。

それで、鬼は自分のしていたことの罪に気がついて鬼子母神になって、子供を守る神様になったわけですが。

この時、観音さまは鬼子母神に「柘榴」を渡すのです。まあ、血をすすりたくなったら、それで我慢するのですよ。と、いうところでしょう。


そこが、「赦す」へ影響を与えてると思うのです。

普通だったら、人の子を食らう鬼だったのですから、逆に殺されても仕方が無いはずです。

ですが、改心もあったとはいえ、赦す。

これは、理屈じゃないなと思ったものです。


そして、話外れますが、鬼子母神の柘榴。

これは、ギリシャ神話で豊穣の女神の娘が地獄の神(名前~~)に連れ去られた話にも出てきます。

地獄で食べた柘榴の粒の数だけ、地獄に戻るということで、

4粒たべてしまったので、4ヶ月間は娘が地獄にいってしまい、豊穣の女神が嘆き悲しんで何もしないので

その4ヶ月間が冬になった。と。


柘榴・・。なにか、妙な共通点があって気になりますが・・・。思い浮かんだらまた書きます。


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