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3.ことしろぬし(美保神社はかなり、重要・9)

この前、ちょっと、かいていた三保神社のコトシロヌシへの疑問ですが・・・。

神社の形態をみると、天津神と国津神が合祀されている形をそのまま、表面化していると・・いうことで、はたして、コトシロヌシと三保崎姫(ミホススミ)が祭神としてまつられており、そのまま、しんじるとすれば、はたして、どちらが、国津神でどちらが、天津神か?

あるいは、べつの祭神があり、ぬりかえられたか?

などと、書いたことがあると思う。

で、実際問題地名の発祥などを、考えても、ミホススミのほうが元下まつられていたわけで、

コトシロヌシはオオクニヌシとミホススミの子供であり、父系の血筋からかんがえても、コトシロヌシ、こちらが、国津神になろうと思っていた。

一方、ミホススミの父系は天津神・・高天原系統に属したと記憶する。

だから、ミホススミが天津神か?

と・・・・。

で、ちょっと、文献を見つけた。

コトシロヌシが祭られたのは、江戸時代になってからである。と、いう説である。

ちょっと、話が横飛びするが三保崎から国をひいて、新羅と北陸の土地を引いてきたという話がある。

北陸の文化、技術はかなり卓越したものがあった。

そこに継体天王が出現していて、出雲と北陸の間になんらかの文化交流があったのでは無いかという話も書いたと思うが・・・。

この国引きの神話?を裏づけするかのごとく浮上してきたのが、またもミホススミなのである。ミホススミは能登の珠州神社の祭神でもあった・・ミホススミは北陸。越。出雲。と、かなり広範囲で信仰されていたのだが、国引き神話(出雲風土記?)をかんがえると、北陸にいたミホススミを出雲に引っ張ってきたという事に成る。

と、なると、ミホススミが先に三保神社に祭られたとかんがえられるのだが・・・。

一方で、新羅を引っ張った(新羅の時代ではないかもしれない・・)と、いうことだが、

この国にスサノオがおりたっているという話があるわけで・・・。

また、能登のミホススミにしろ、北陸あたりは、新羅などからの漂流神?を祭る神社が多い。

ウガヤフキアエズについても、ちょろりとかいたが、これも、漂着?漂流?してきた神として、若狭地方に祭られている。

さて?

北陸地方にある、九頭竜川という名前。

やまたのおろちの上いく頭の数であるが、おろちを退治したのが、スサノオであるわけだが、

新羅から渡ってきたスサノオの仕業?のとに、すさのおの功績をたたえている?

九頭竜川の治水において、やまたのおろちよりてこずったと・・。

こうかんがえると、三保崎からひっぱったものは、スサノオ?

そして、ミホススミ・・・・。

スセリ姫というスサノオの娘を妻に戴いてるオオクニヌシは、まさか、スサノオの目と鼻の先で

スセリ姫の目の前で、三保崎神社にミホススミと祭られるわけには行かない。

いや?あるいは、ともにまつったのかもしれないが・・・、

途中からコトシロヌシに変更した?

どうかんがえても建物の構造を途中から変えるとは思えない。

規模などという外見上の大きさはべつとして・・、

二つの様相をもつ神社。

そこにまつられた神の正体、特に国津神・・・だれだったのだろうか?


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