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もの想いのモノは、モノクロームのモノ。意味?あはは・・・

掲示板からのコピーです。

**退会したのに訪問記録残して頂いていて
とても嬉しく思います。有難うございます。
今日、こちらBBSにお邪魔させて頂いたのは
手紙 、今はメールですね
目を惹く面白い内容のメールというのは
どのような書き方をしたら宜しいのでしょうか?
日本もメール社会になってもぅかなり経つというのに
今更、メール文の書き方なんて聞くのは当人でさえ
間が抜けているようにも感じますが
幾千通の中でピックアップされて読まれるもの
面白い上にどこか落ち着いた安心感のある書き方
目を惹く文章構成、題名、お教え願えないでしょうか?
漠然とした質問、”答える”難しさ感じてはいますが
質問させていただいております。
お願い致します。

**こんな感じという抽象的なお答え、お待ちしております

**なんてことを聞かれても実際
困っちゃいますよね・・・
変な質問してごめんなさい
考えてみたら
自分のもつもの以上の表現は無理でした
それをどうにかするには自分なりに
開拓していくしかないわけですしね
綺麗な日本語を使いつつおもしろいことを書く
難しいことですが頑張ってみます

答えになってないか・・・

う~~ん。
コレはちょっと、憂生自身が一つの迷いの中に居るから、
返事というより、自分のおもいを

/漠然としてるけど・・・から?此処に出してみて自分の中を/さらえてみようかと思う。
読まれるメールという言い方も
妙だな?と、おもいながら・・・。
伝えたいことを書くのがメールであろう、と、おもいつつ・・・。
究極、此処にもどるんだけど・・・。
前置きが曖昧でわかりにくいと思うけど、
憂生について言えば、
読まれる作品という言い方になるな。
ある投稿所に送ってみて思ったことだけど、
同じ日に送られたほかの作品をみる。
読まれた回数ってのがでていて、
コレが物凄く開きがあるわけだよ。
つまり、憂生のものはそう、読まれていない。

読まれてる作品というのを実際読んでないけど、
題名とあらすじから類推すれば、
冒険小説とか、
ファンタジー とか、
正直、何か、うがち、あるいは示唆を
含む内容のものとは思えない。/あくまでも類推/

つまり、読み手の人の好みの問題という事になる。

此処で言いたいことは
まひるちゃんが
読んでもらいたい相手がどういうタイプの人かということ。
誰でも、おかまいなしに万人によんでもらえる。/めをひく/
コレは不可能といっていいと思う。

つまり、憂生自身もそうだと思う。

だけど、
かきたい、伝えたい、と必死で書いているときって
よんでもらえる書き方かどうかなんて、
意識していないんだ。

コレを意識し出す時というのは、むしろ、描き終えたとき、/かいてるとちゅうもあるだろうけど/
どこかに公開してみたときだろう?

熱がこもらない状態は読み手の反応を余計に意識する。
そして、まひるちゃんもきがついてるだろうけど、
ある場所での
メッセージ
いかにも、鋭かった。ちょっと、あげておくけど・・・・。

今、あなたは誰かの目を意識して居られませんか?
人の目など気にしていたら・・・・
『悪童丸』を書かれていたときの迫力が見られません。
ごめんなさい。・・・・・
ココだけでも、何も考えずに、あなたの思いのたけを
ぶちまける事は出来ませんか?
そうして頂きたいと、思うのは私だけじゃないと思いますよ。もっとあなたらしい文が見たい・・と
 一ファンの・・・・おねがいです。

読ませるような、読めるような
/あくまでも自分が思うところだけど/
レベルの文章と
筋書きを持ってゆこうとしている自分が居るのは事実だよ。

文章は上手い下手じゃない。
巧い、あるいは、美味い。
コレがひつようだとおもってるけど、
これも、へたをすると、テクニック?
が、鼻についたり、個性があくになったり、
読む人には上の要に、ちゃんと、見抜かれてると思うんだ。

だから、
どう、ひきつけるかより、
伝えたくてたまらない。描きたくてたまらない。
こういうものが薄まっていることの方が
憂生にはジレンマで。

思いを込めて書きまくっていれば、
なんだろう・・・。
こういう人のものというのは、
時に
足跡でひょいと、顔をのぞかせただけでしかないのに、
描いてあるコメントはべつだん、普通?のものでしかないのに、
何らかのエネルギーが出ているんだ。

作品自らが、「よんでくれ」と、唸り声を上げるものを
描けばいいんだと思うんだ。

だから、憂生は今・・・も・・・。
熱がほしい・・・。

忙しいところ、足をとめてのレス有難うございました

確かに”読まれるメール”というのは妙です。
真面目な内容にしても 
親しみこめたおちゃらけた内容にしても
この人に”伝えたい”思いが活字になって
通信の力を借りて届ける、届いたから読む。
なのですが・・・

あて先の読み手に例えば1万通に近い受信が絶えず
あったとした場合、全てを読むという作業は
多忙であるなら更に難しく、、、
多分、メール画面を開ける時間もままならず。。
でも、できることなら、宛てた相手が開けた貴重な
時間にピックアップして読んでもらえたらという
枠組みで個人に宛てる文章というものの壁に
ぶつかりました。

勿論、私も生活というものがあるから
毎時間、そんなことを考えているわけでも
毎日角度を変えたメールをあて先へ
送っているわけでもないのですが、、、

忙しいから一向に返事が来ない
読んでもさして返すほどのものでもなく
来るほうが不思議なくらいではあるのですが。。。
ただ、中には間隔を置いてくるという人の
何気ない一言にメール(手紙)の書き方みたいな執着が
芽生えてしまい、こんな書き方だからいけないんだ
みたいなことに囚われ出してしまったmahiruです

こうして質問や返信に対しての返信、
憂生の読みが進むうちに、あぁ~ぁ、アンタこれじゃ、
読まれるわけないよ~なんてエコーかかって
聞こえてきそうな、ぼろがぼろぼろこぼれる中
こぼれては拾っての書き込みではあるのですが。。

"熱がこもらない状態は読み手の反応を意識する”
確かに熱自体のパワーが足らないということも
あるのかもしれないですね・・・
ぎりぎりの崖っぷちに立っているわけでもないです
こうだったらいいのになぁくらいな軽い気持ちでの
実施の中での中途半端な壁なのでしょう

全て自分を開いてぶつかってはいないです・・・
読まれない可能性が高ければ高いほど
開いた素の言葉が並ぶはずでもあるのですが・・・
でも、、、それはあて先には全く関係ないことで
でもそれもひとつの内容。
送るのであればあて先の人に関係あろうがなかろうが
たまたま目にとまって開けたとしても
熱のあるものでなければ心なんて動きませんよね
自分もそうだもの・・・
”熱”でしたか・・・とりあえず私に足らないもの。
この人がもらえたからというきっかけくらいじゃ
1度にも満たない熱だったのかもしれないです
なんだか自分で書いていて自分を
「mahiru、あんた何者よ?」という感じ・・・(恥汗)
単なる競争心がきっかけの産物のような。。。
あて先への想いは勿論あるけれど
取り組みが一直線にピュアでなかったのかもしれないです
実線でなく波線のメール 考えさせられました

抽象的すぎて「こいつは、こんなに長文にして
いったい何が聞きたくていいたいんだ?」
首をひねらせてしまってすみません

とりあえず出口はみつかりました。
回答有難うございましたm(__)m

きついかな?

いつかの日記に
想いを出してゆくことが大切という事を
かいた覚えがある。

そして此処最近もある人が感想をくれていて
ソレに対して
答えたのは、
「究極。物語を読むとは
自分を知る事です」
と、返した。

まひるちゃんは
フアンレターをかいているのか?
良く、わからないのですが/何を書いてるかとたずねているのではないのですが/

相手に対しての感想のつもりでも
まひるちゃんが言うように

自分のもつもの以上の表現は無理でした

と、いう部分があるのも事実だと思います。

同じ作品をよみながら、どう感じるか
これは、人さまざまです。
つまり、感想というのは、相手の作品へのことでなく、
ソノ作品からの、自分の感性や感受性を具体的に表明しているという事だと思えます。

つまり、多くの場合がそうであると、考えたとき
フアンレター/かな?/も
究極、自分の表明なのだと思います。

なにがいいたいか?

自分を知らす一つの物事であると、
考えたとき
まず、そのフアンレターこそ、自分にあてた自分だと
考えて欲しいという事です。

こう考えたとき。
例えば、せっかく書いたものを
大事な自分を、
読まれないところに渡す必要はあるだろうか?

変な言い方だな?

御幣があるな。

自分の想いこそをたいせつにしたい。
と、まず、
例えば、ブログに公開してみるとか。
相手が読む、読まないでなく、
自分がこういう思いを持ったんだという事が
価値なんだと想う。

まず自分が自分を一番最初に
価値にする。
自分の思いを
ナルシズムでなく、
保護してやる。

言いたいことが巧くいえないんだけど、
まひるちゃんという人がいてこそ、
まひるちゃんの想いがある。
だれよりも先に自分で自分の想いをだいてやる。
抱けずに置けない。
そんなふうに自分の書いたもの/想い/を
大事にしてあげてください。

憂生は常々、いいますが

自分を抱くものは自分。

自分が抱いてもやらない自分を
他の人が抱く気になるだろうか?

憂生は
まひるちゃんはもっと自分の価値を自覚しなきゃいけないと想う。
勿体無いよ。

なんだか

自分がとてもいとおしくなってきました。
そういう思いに導いてくれる憂生の言葉の
ひとつひとつが有難くて有難くて
ほんとにすごく有難くて自分が幸せに思えてならない
今そんな気持ちで満たされています
以前の日記に確かに「自分を抱くこと」
書いてあって心にしまっていたはずなのに
心の
掃除 が足らなくて埋もれてしまっていたようでした
こんなに大切な言葉があったのにどうしたことだか
この言葉は基本。土台、底辺にしっかり据えておかなければなりません。
憂生に感謝いたします。有難うございました。
今日よりもっと愛した自分でまた来ます^^
おやすみなさい

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