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胸の奥でちかり?とひかるものがある・・。

なんだろう。

こう?

胸の奥でちかり?とひかるものがある・・。

跡地さんの記事をよんでいて・・・。

「譲る」って言葉それに反応してる・・・。

憂生の脳みその中では

「負けて喜ぶ人になれ」とか、

akiraさんの「男なら損を選べ」とか・・。

そんな言葉が浮かび上がってきている。

だけど、胸の中のちかり・・とどうも光り方が違う。

「譲る」その言葉だけから受ける印象は正直「優位」をうかがわせるものだから、

今まで、光らなかったんだろう。

跡地さんはなにげなくいう。

あんなに座りたがっていたんだもの。

ああ?

これかな?

ここかな?

譲るという思いは

相手を思いはかってのうえ・・・。

その「相手の思い」にこちらの主張や権利を譲りましょう。

こういうことだよな・・。

ああ、自分をまとめたいので、日記としては説明不足なんだけど・・ごめんな。

つまるところ・・・。

大国主命も国を譲った・・だよな。

けして、うばわれたわけでなく・・・。

相手をおもいはかったうえ・・・。

しぶしぶ渡したわけでなく、うばわれたわけでなく

自分の意志で決めたことなんだよな。

なんか、負けて喜ぶ人になるって言葉の中に

大国主命風にいえば、奪われてしまったという語感を感じる。

その悔しい思いを宥めるために

渡してやれた自分を喜べみたいにも感じ取れる。

だけど、譲ったという言葉には、

悔しい思いみたいなものが見えない。

自分の考え方で、自分を主人公にして決断し実行したこと。

流されたり脅かされたり・・しぶしぶじゃなく、

主観的に主客的に行動したとするなら

自分の意志だ。

自分の意志である限り

自分で決めたことだから

悔いひとつない。

国譲りとはよく言ったもので、

国渡しではないのだ。

さなれば、やはり、大国主命が「恨」をもつわけがない。

やはり・・・。

出雲大社で、怨念を封じ込まれているのはスサノオなのか?

あ、話がずれちまったけど、

受動的であるか、

能動的であるか、

自らの意志で決めた物事は、なにか「抜けきった、悟りににた心境」をうかがわせて

だから、跡地さんの言う

『譲る』は実に爽快で

かつ、明快だった。

ありがと。

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