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高天原系列と、皇室は、別区立てか?(美保神社はかなり、重要・4)

神社由緒をよんでみると、ますます、憂生の頭がこんがらがる。

まず、判断できることは、天津神として、まつられているのが、美穂津姫命。

高天原の高皇産霊命の姫神とある。

一方、事代主は神武から安寧までの三代の皇后を輩出するので、宮中八神に祭られているとあるが、こちらの位?は、オオクニヌシよろしく、国津神と、判断できる。

はて?

こうなってくると、大和朝廷が、掲げたが、ゆえ、?

高天原族は天津神として扱われたという事に成る。

で、スサノオ・・。結局、天津神としては、あつかわれていないと判断したくなる。

皇室に関与していて、神格に座したとて、事代主が、国津神に成るのは

やはり、高天原族の血をついでいないせいと成るが、

スサノオは高天原族とは、縁をきった、高天原族になる。

あえて、どちらの、剣交(けんがい)をそえるべきか、判断に苦しんだと思う。

結果、剣神社にけんがいがみあたらなかったか?

まあ、良い。

まだ、不思議なのが、美穂津姫命である。オオクニヌシの御妃神でありながら、なぜ、

息子?である。事代主と祭られなければ成らないのか?

出雲大社に一緒にまつられているのか、どうかは、定かでは無いが

別にされているなら、ますます、出雲大社はオオクニヌシを封じているという説を肯定させる。

呪・・あるいは、塞あるいは、封印。

こういう場所に天津神である、美穂津姫命をいっしょに祭るわけには行かない。

で、功労があった、事代主と拝殿を抱き合わせたか?

妙な気がする。

確かに神宮皇后をはじめ、なにかと女性の活躍が上げられるし、継体天王自体は血筋不明なれど、皇室の血をひく女性に婿入り婚ということで、天王を継承できる資格をつくったようであるが・・・。

オオクニヌシといういわば、下賎のものにとつぎ、オオクニヌシの下で国津神としてまつられるのは、おかしいということで、最初から美穂の土地に神社を作ったか?

とは、いうものの、夫君をたてずにおくわけにもいかず、両方の拝殿を作ったか?

事代主がまつられたのは、国譲りが有ってからのことだと思うのだが、

と、なると、本来はオオクニヌシといっしょにならんでいた?

ましてや、横並びは親子より、夫婦など横の関係を象徴する。

とは、言うものの縦ならびで、二つの拝殿があるところが、あるのだろうか?

そして、出雲大社にオオクニヌシをふうじこめるために、

本殿から仏教でいう性根抜きをして、出雲大社に移し変え、空になった本殿に事代主を添えた。

ありえんか?

そして、ニギハヤヒ。

この人物はににぎのみことと混同されやすいが、別人物で、諸説紛々である。

ヤマト一帯に納めていたという説もあるし、

天孫であり、神器をもっていたとか、

天の岩舟にのって、宇宙からやってきたという石神伝説も持ち

物部氏の祖であり、大物主の系列ともいわれれば、

オオクニヌシの兄弟だったとか・・・。

なぞの人物が此処に浮上する。

神宮皇后の遠征途中で鞆に寄ったという話は書いたと記憶するが、

ニギハヤヒは、伊予にも祭られている。

ヤマトを追われ、伊予におちのびても、なお、神宮皇后はにらみを聞かす。

にぎ田津という地名があったと思うが、実は、ニギハヤヒとかかわりがあるのでは無いかと思う。

諫早という地名はどこにでもあるが、風が速い、きついところをさす。

このニギハヤヒのはやひも「にぎ」という意味合いと地名がかかわってきているきがして、

どうも、ニギハヤヒは出雲に逃げた?のではないか?

そして、ヤマトを譲ったいきさつもあるので、無体なことをしでかさぬように、同道した・・とか?

ないか~~~~?
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