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ありがたきもの

友人とのメールのやり取りの中でふと、でてきたことである。

ふと、間違った事をやりそうになる。

ところが、

どこかで、それなりに上手く回避できる。

いかりにまかせて、おおあばれしてしまうとか・・・。

このたとえはいろいろあろう。

つい、万引きしてしまいそうになる。

つい、いじめをしたくなる。

エトセトラ。エトセトラ。

だが、ふと歯止めが掛かる。

これはなんだろうか?

憂生は、これは、親/両親/良心/と思う。

なにかのおり、

自分を放棄した思いに取り付かれる。

自棄ともいうか?

ところが、どこかで立ち直れる。

意識するのではない。

無意識の中でふと、親を思う。

こんな自分であってはいけない。

親の愛というものが、

自分の存在認識の際基調である。

自分を信じさせてくれるものは

こんな自分を育ててくれた

無償の愛。

これが自分にやがて、歯止めを掛けてくれる。

こんな自分であってはいけないのではないか?

親さまが大事にしてくれた自分がこうでいいのか?

親さまの情愛に恥じない自分に戻ろうとする。

親さまに情愛をもらえる資格 のある位置に戻ろうとする。

親というものは

自分の均衡を保たせる力がある。

いな。

すでに備えてくれてるといっていいかもしれない。

両親こそが、良心をはぐくんでくれるといっていいかもしれない。

あん?

私は両親がいない?

ばかな。

おやがなくて、こがうまれるものか。

たとえ、親が今いなくても、

この世に命を授けてくれた親の心が自分をつくったのだから・・・。

やはり、「親さまが大事にしてくれた自分がこうでいいのか?」と、

自分を取り戻せる事が出来る。

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