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たちなはれ!!

自分の身の周りにおきることには、前兆がある。
何度も繰り返していたことだから、判っている筈なのに、どこかで、人事と思っている。

この何年間の中で一番大きなショックは、「自覚の無い人間」との遭遇だった。
簡単に自覚というが、自分の罪を自覚していないという類は一種精神世界の異常である。
前述(サークル、憂生’sアスペクトに移行収録)にも、あるが、モラルのない人間は、自分にモラルがないことさえ判っていない。
本人は罪の意識も無く、罪だと自覚していない。
自分の視覚で判断した物事を自分でも正論として信じている。
幻想世界が本人の中には事実として存在している。

たとえて言えば、秋葉原をまねて?連続殺傷事件を起こした男はなんだっけ?
「魔法世界を築きあげたかった」だっけ?
本人の意識世界では、正論でしかない。
本人には罪の意識が無い。
悪いことという判断の基準を持っていない。
責任能力を問えないということらしいが、じっさい、何年か前に遭遇した人間もその一派といっていい。
よいほうで言うのならカルチャーショックといっていいかもしれないが、自覚の無い人間の存在はただ、ただ、ショックだった。

だが、じっさい、自分の身近な人間に
この責任能力の無さ?自覚の無さ、モラルの無さを見せ付けられたとき、
何年か前に遭遇した・・いわば、前兆の人間、そのままでしかないと、判断が出来なかった。

精神薄弱というのは、あるいは、誰でも何処の人でも多少は持っている部分かもしれない。
極端なたとえを上げれば、数学はめっぽう強いのに国語は駄目。
極端な言い方をすれば国語に対する理解力が薄弱であるといえる。
と、ここまで、手を広げて考えると、
人間誰しも、薄弱な部分がある。
ただ、それを薄弱として、認めるに、
生活に支障があるか、ないかという部分に絞られるから、薄弱とは分類されない。
この絞込みというふるいあるいは、たがをはずせば、人間誰しも薄弱な部分を持っている。
と、いえる。

それにしても、つくづく、人間は考える葦である。

風によろけ、水に浸かり、ひょろひょろと、はかない。
おそらく、精神の弱さが人間を人間たるものにしているのだろうが、
ときに、その精神の弱さに何もかも破壊される人間を見る。

ただ、ただ、強く正しく生きるしかないと自分の薄弱に鞭を当てるしかない。


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