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盲。蛇に怖じれないだけ・・

あとで、話そうといいながら、

どっかに行ってしまいかけた、続き。

どうも、今、憂生はチャクラが開いてる感覚を味わう。

頭と額と目に妙なじんわりした痺れ?電気?のようなものが

発生している。

もちろん、こんなものを開く、なんちゃか、こうちゃかという

セミナーとか、修行道場?とか、いったことはない。

以前にも書いたけど

自分の思いを良くして行けば、

そんなものは、勝手に開くと考えていた。

で、仮にこれが開いたところで

じゃあ、「自分の思いがよくなってる結果」か?

と、言われれば、そうだといえるところもあるが、

じゃあ、今「良い思い方してるか?」

って、尋ねられたら

「うんにゃ」って、答えられる。

どうも、頭の上のチャクラは

汪輪のようで、

解説に寄ると7界のことがわかる?とか・・。

これは、無理だ。

本人が7界も信じていない。

ただ、今までは普通に判った事が

はっきり、じ~~んとして判る。

正直、嫌な気分がする。

もっと言えば、以前は全体に幻惑感だったことが、

頭に集中してきた感じがする。

そして、自分でこうやって書いていても

ぴりぴりした電気みたいなものが起きる。

これ・・・

どうなっちまうんだろう?

正直、チャクラでなく、

チャクラの場所に何かが憑依?しているんじゃないかと

不安になる。

どうにか、ならんのだろうか?

で、まあ、(霊とか神とか?が)見えないには見えないわけ。

見えない人間じゃないと発達しない部分がある。

簡単にいうと、見える人間はその対象をみる。

見えない人間は自分の内側を見る。

(必ずしもではないが)

例えば神がみえたら、それを信じてしまう。

見えない人間は自分を頼る。

なにか、神みたいな風に感じるが本当だろうか?

いやいや、自分を見てみろ。

神がくるわけねえじゃん。

ある意味、見た目に振られない。

こういう憂生だから、かなり不思議な事件に遭遇しているわりに、

みたのは、

ふゆの夕暮れに飛ぶ白いこうもり(友人は人魂だという)

仏壇の前にこっち向きに座っている5人の男女(5番目の脊椎にいた先祖だとか)

この2回だけだったと思う。

後は全部、感じ・・思いが入ってくる感じ・声で聞こえるんじゃなくて響く?

なんとなく予感・夢・なんとなくわかる

こんなんだから、逆に、それにふられにくい。

で、感じでものをやるから、自分でもほんとうかよ?

って、思う。

だけど、人の生き死にがかかっていることを思わされた時などは

1~2時間死ぬな・生きろって、念じながら

それでも、ほんとうなんだろうか?っておもわないわけじゃなかった。

まあ、いい。だまされたなら、それで、笑い話だと思って

念じつづけていたら、そのうち本当だったって事がわかったわけなんだけど・・。

まあ、言い方をかえれば主体的に振られるってことをやる。

こういう意味でも、見えないことで鍛えられたものがあると思う。

単純に見えて念じたら

これは場合によっては見せてくるものにとりつかれる可能性がある。

いつまでも神の使いをやっておわってしまう可能性もある。

ここで、1クッションおいて、

自分の意志で念じたら、自分に使われてるだけ。

この違いが生じたかな。


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