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二箇所の同名★耳川

日日向のみみ浜(名前どわすれ)で、神武天皇が熊襲征伐にむかうときにそこで、船をつくらせ、そこから、船出をしたというTVをみていたのですが、福井、若狭地方に日向(ひるが)という
地名があり、その近くに宇波西神社というのがあるのです。
この地名は宇(宇宙の宇・・神?)が西からの波に乗ってやってきたという意味合いの神社名ですが、ここにまつられているのが、ウガヤフキアエズなのです。
ウガヤフキアエズは神武天皇の祖父?にあたるとおもうのですが、憂生はこの人物を実はウガヤフキアエズ王朝の末裔ではないかとかんがえていたのです。
神武によって、滅ぼされたウガヤフキアエズ王朝という風に。

日向から神武が船出している。3年以上その地にいたとのこと。
そして、もうひとつの、発見は日向という同じ名前の地名だけでなく、耳川という川が福井の美浜にもあるのです。
この地名を考えると、西からやってきたのは、神武天皇とも思えます。
あるいは、神武の祖父であるウガヤフキアエズ?
こう考えると、神武天皇が争ったのは誰?
海幸・山幸であらそったとき、神武が海幸
ウガヤフキアエズが山幸がわについて、骨肉の争いをくりひろげた?
あるいは、神武という存在は架空のもので、ウガヤフキアエズ王朝を追撃した大和朝廷側のでっちあげ?
実は、ウガヤフキアエズ王朝からの出自で、正当な後継者はスサノオ。
そして、宇波西の地にたどりつき、
誓約をおこなったのは、気比神宮。
そして、スサノオは一帯をおさめながら西へ進軍し出雲王国をきずきあげたけど、またも大和朝廷に滅ぼされた?

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