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おもうままに・・・。

憂生は師にいわれたことがある。

「おまえ、ここにこれなくなるよ」

その通りになった。

自分勝手な生き方をして

自分立替をせず

大きな罪をおかした。

だから、行かれなくなった。

だけど、

ある時、ふと思った。

「それでも、御霊(魂)は自分の身(観)のうちに居る」

そして、思う。

物事に偶然はない。

必然なのだ。

そのときに、

「師とは、因縁が違うのだ」

と、思った。

因縁が違う以上、どうしようもない。

えらそうなたとえをするけど・・。

キリストが若かりし頃、仏陀の教えにふれたという話がある。

ショーペンハウエルによれば、仏陀の考えかた、悟り

そのものが、キリストを構築している。

らしい・・/笑

だったら、そこまで、影響を受けたなら

キリストは仏教徒になればよかったってことになる。

だけど、

仏陀とキリストの因縁が違う。

だから、キリストは仏陀の教えを自分の中に消化し

キリストのものとして、教えを(思い・観)をといた。

たとえていえば、そういうこと。

元ひとつのものでありながら、

にたようなことをいいながら、

立っている環境やそのとき必要とされる物事などにより

ちがうものになる。

そして、もう一つ。思うのは

オーナーがよく言う言葉。

「教えを説いていたその人だけが本道。

創始者がなくなったときから、もうそれは違うものになる」

いつまでも、その教えをなんとか、つなごうとしてもだめなんだろう。

明かす人がいなくなるから。

金本位制みたいなもので、「金」があってこそ、

紙切れが「銭」として、通用する。

その「金」がなくなってしまったとき、

あらたに、

「金」になったのが、例えばキリスト。

逆を言えば

自分を「金」にすることが、本当の「つなぎ」

後継者・・・跡を継ぐもの

今、時代はゆれうごき、

多くの

「金」になろうとする人間に満ち溢れている。

憂生の後ろのものは

「金」になれそうな人間は今日本に60人ほどいるという。

ただ「金」になれる人間はどれだけ居るか判らないけど

これは、どこから、出現するかわからない。

なぜなら、ほんとうにたいへんなときになったとき、

とつぜん、三日ほどでしあがってしまうという場合もあるから。

普通のおばちゃんかもしれない。

道路の脇でねている浮浪者かもしれない。

若い高校生くらいのカップルかもしれない。

時代の波が「魂」をゆるがしたとき

魂のどん奥から

「日本をなんとかせにゃいかん」

って、やむたてならぬおもいにつきうごかされる。

日本はそういう国なんだ。

ますらおの国。

もちろん、外観の性別をいうんじゃない。

義と情の国。

情義の国

それが、心の定規。

それが、魂のどん奥にちゃんとしくまれている。

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