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相変わらず、話がずれる憂生である。

まあ、何度も書くことであるが、憂生は不思議な人間であるわけで・・・。

事実上、不思議な体験も多くしているわけで、このあたりは、ブログカテゴリー・スピリチュアル1~6に資料?とともに載せているので省く。

上に、白蛇抄などは、密教的、解釈を基底にしてかいていたり、カフェにおいても、いろいろと不思議な邂逅をえている。
こういう経緯があって、スピリチュアルも物語も思想的なものも、手相なども、
いろいろな事象からの解釈が混在したものになっている。

ここ1~2年は、スピリチュアルにはまって、過去形の体験も含め、幽玄師や彼女の魂が・・。彼の魂が・・。という小作品をかきあげたが、本人がまだ、消化不良のところがあり、自分でよみなおすと、「?」な部分がある。

最近は読まれるために書くでなく、
自分をさらえなおすためにかいているので、「?」の部分についても、読む人が、「?」であってもいっこうにきにならないでいる。

作品を読んでもらう場所に作品をおいてみたが、正直、ベースの違いをかんじるのみであった。

憂生の設定の中の登場人物の考えかたというのは、実際、憂生の中での相似形の考え方・対処だったり、するわけだけど、
例えば、これに「そんな出来た考え方・対処をするなんて、現実にはありえない」などとかいう意見がきたりする。

正直、ここで、ベースの違いを感じる。

憂生自体がありえない考え方・対処を現実にしてきた人間のひとりなわけで、そのプライベート部分から話さなければ、現実にありえるということを理解できないということになる。

ただの空想で、話をかいているわけではないところがある。

物語の基底は「自分’」であり、自分の中をほじくりかえすためにかいている部分もある。

で、あるので、空想的物語として?捉えた上で、「ありえない」という設定ミスとしてうけとめる読み手こそ、憂生にはありえない/笑

まあ、そんなわけで、今回もチサトの恋の中に自分のなにをうつしこんでいるのか、外にだして客観視するために書いている。

おおよそ、見えてきてはいる。

そこを喋ると、物語の結末をしゃべるようなものになるので、黙る。

また、それは、ロビンの瞳にたいしても、同じテーマであると思う。

形は違うが、いかに心象風景に惑わされているかと、いうところである。

BUT

実は憂生はこの文章を書くにあたって、
「宿命」ってことについて、かこうとおもっていた。
だが、その話をもちだしてくるに唐突すぎると、導入部をかいているうちに、
心象風景にまどわされて、話がちゃう方向にいってまいましたがな~~~~~~

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