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思うままに・・・9

さて、さきほど書いてたこと。

宿命とはなんぞや。

な、わけで・・・。

宿命という言葉をかんがえてみると、
すぐにうかんでくるのが、
運命という言葉になる。

一般的な概念・・・ん~~~~~。
イメージというべきか。

運命は「変えられる」というイメージがあるが、宿命は変えられないというイメージがある。

あるいは、運命は進行形であるが、
宿命は定められたという意味合いで
過去形に感じる。


俗ににいわれる言葉であるが
40歳までは、運命を歩み、
40歳からは宿命が始まるともいう。

運命というものは、その個人がもつ、性格や環境や考え方で、方向性が変わる。

宿命というのは、その個人のもつ、性格や環境や考え方に「宿る」

いわば、天命や使命は、「宿命」であるのではないか?と思うのである。


憂生が不思議な人間であるというひとつの事象にときおり、妙なセンスが働く。と、いうのがある。
くわしいことは省くが、憂生の思いの中にはいってくる妙な思念がある。
それが、ときおり、予知をしたりするわけで、憂生にとっては、うさんくさい存在であり、それがなんであるのか?
と、いうことに非常にこだわった時期があった。

それが、ひとつにスピリチュアルに傾倒した理由でもあるが、
憂生のかんがえ方は
それが、神さまであろうが、幽霊?であろうが、自分いがいのものでしかなく、つかれているという事は同じである。
と、いうものがあるし、
生きている人間のほうが神様や霊?よりすばらしい。という思いがある。
だから、妙なものにとりつかれてる(それが、神であるとしてもだ/笑)ようで、
いやでたまらなかった。
だから、霊能力者とか?そういう能力者もいわば、なにかにつかれているというのと同じで、正直いうと、そういう存在も好きじゃない。

そんなある日。
ある霊能力者のブログにお邪魔したわけだ。

憂生はその人の言葉をきいて、ひどく心配になった。
「霊能力者は霊のことしか、わからない」というのである。
それは、あるいは、憂生についてるもの?が霊ではないという意味合いなのかもしれない。
だが、憂生は、その言葉に対して
さきほどの言葉があてはまってしまったのだ。
生きてる人間のほうがすばらしい。

言い方が極端であるが、そうなると、霊なるものは、下級の存在ということになってくる。

その霊の事がわかる。
つまるところ、犬が犬の事がわかる。
猫が猫のことをわかる。
というようなもので、同じラインにたってしまってるということじゃないか?
と、思った。

そのときに憂生はその霊能力者にいろいろと話して、自分のかずある不思議な事象はどういうことか、たずねなおしたのであるが、そのときにいわれたのが、
「わからない」
ということと、
「なにか、使命があるのではないか?」
と、いうたいそうな言葉であった。

つまるところ、宿命というのは、自分ではどうしようもないものなのだろうという思いがした。


そして、宿命というのは、ながされるままという運命(御幣のある言い方であるが)とは一味ちがって、なにかしら、「のりこえていく」という苦しい課題がついている気がする。

先にかいた市長のことでいえば、
地震に遭遇する。
地震がある時?に市長になってしまう。
と、いうのが、運命だろう。

だが、この運命のもたらした結果を
「のりこえていく」という課題が
即ち「宿命」であるとかんがえると
宿命というのは、
かなりハードであり、厳しく辛いところをのりこえていかなきゃならないということになる。


憂生自体、いままでのなんでじゃ?を
宿命だととってみたとき、通常の人間より、一味二味も違う人生を歩んできてると思っているが「のりこえていく」という課題をあたえられたとかんがえてみたとき、えもいえぬものがある。

この「えもいえぬ」というのが、実は内田裕也と樹木きりん(文字どわすれ)の会話による。

内田のはちゃめちゃの生き様をして、彼は樹木にいう。
「楽しい人生になったでしょ」
憂生はこのとんでもない科白に内心うなづいていた。

とんでもない辛酸も、それもまた、楽しい人生であると思う。

何も知らず、苦労もなく、もがくこともなく、自分の幅をふやすこともなく、自分自身をしらず・・。

誰しも平安・安泰な人生ってものはないだろうが、それでも、辛酸なくして得たものなど、しれているという気もしている。

一時期は数ちゃん(あ、細木さんね/笑)の本を読んで憂生はこの先、20年続く宿命大殺界にはいるってさあ。

すでに、今までが宿命大殺界かと思う生き越しだったから、嘘だろ?って。
もうこれ以上勘弁してくれよ。
ってね。

まだ、課題があるのかい?

ってね。

苦しい時はまじそう思ったけど、
乗り越えていかなきゃ成らないなにか。って、見方をしたとき、憂生って人間が
「お前、OKですよ」なんていわれるような人間じゃないわけだから、まだ、まだ、いろいろあって当たり前なんだよなって思うようになってはきた。


憂生の中で、宿命という言葉の捉え方をはっきり意義付けしていくきっかけになった、市長さんと樹木さんに感謝をこめて、この長ったらしい記事を終わります。

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