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想う

私感・ドナルド・キーンと大江健三郎の決別の理由。

と、いう憂生の日記が妙にヒットしているわけだけど、

まあ、検索をたぐっていくと、大江に対しての批判、あるいは、キーンに対しての同情的みかたが、おおいようで、憂生のかくところは、まむこうからの反論といっていいかもしれない。

と、いいつつ、大江の批判評などなどが、あることで、記事をかいたわけではなく、

大江がキーンと決別したというニュースをかじって、おもったままをかいた。

裁判沙汰までに、発展していたとしったのも、検索をたぐってみてからである。

憂生自体が、いろいろと、物語や日記などで、いままでの人生経験?を元に自分なりの考え・思いをかいているが、

大江に対する想いについては、いろいろと深い。

そもそも、なんという世界観で物を書くのだろうとおもったのが、大江の初期作品であった。

何度か、とりあげているが、芽毟り・仔撃ち・・だったろうか、エヒノコックスに寄生された少年がでてくるが、彼の精神・日常は、すべて、エヒノコックスに差配されていく。

精神に対し環境が及ぼす影響・・の、怖さといっても良いと思う。

先日、底で・・にという日記をあげたが、ここでも、「環境」により、精神が破壊されていったある女性のことをかかせてもらった。

また、空に架かる橋の中では、死者の保管場所としてフォルマリン浴槽?をつかっているが、

これも、大江健三郎の死者の奢り(だったと想う)から、借り受けた。

また、スピリチュアルや不思議な体験の多い憂生ゆえであるが、見えない部分や心理の中の盲点や自覚されない深層意識ということについての、警鐘をならす癖がある。

このあたりは東北地震のことで・・などに収めているので、省くが

「本当にあるべき姿・意識」の見方が憂生はすこし違う。

その考えをはっきりと意識させてくれたのが大江健三郎である。

洪水はわが魂に及ぶ。だったと想う。

「ラーニングをミーイングにもっていく」

出来事を感情でふりわける表面的な区別に踊らされる事が多い昨今、

たとえば、キーン氏への同情(あるいは、大江への非難)は、憂生にはそれであると見える。

同じ、同情と理解をしめすなら、大江に対しても、精神環境にまで、理解をしめしたうえで、あって欲しいと想うが、そういう考え方にいたる憂生の、

憂生自体が体験してきた様々な物事や考え方をすべて持ち出して、説明しないと、到底理解されないことだろうと想う。

かける範囲の物事は、この白蛇に書いている。

特異な経験があるからといってしまえば、それでおわってしまう。

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