画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思うままに・・5

昨日、書いていたことの主旨がどこかにとんでしまったきがするが、まあ、いいか。

自分の魂と話ができるという現象は、

ときに、憑き物からのささやきと区別ができない。

なにかが、聞こえるという人は多くいるだろうし、そのささやきが、本当になることもあるので、

じゃあ、私にいろいろ、おしえてくれるささやきは、

魂だったのか?

と、思われるかもしれない。

憂生の場合は、音とか声というものでなく、思いにとけこむような、

例えば、自分で

「なんじゃそれ」とか、あたまの中で独り言をつぶやいてみてほしい。

声ではないが、声のような「なんじゃ、それ」が聞こえると思う。

憂生の場合は厳密にはそういう聞こえるなのであるが、この声のようなものが、

妙に「自分」でないときがあるし、なにをいってるのか、さっぱり判らない。

いつだったかも、声の調子は50~60歳くらいの男の人のような感じで

ー成仏しろ・成仏しろー

と、いう思いが聞こえる。

仕事中であり、なにゆえに、-成仏しろーなどという思いを拾う?聞こえる?のだろうと、

さっぱり、わからずにいた。

場所的に老人介護施設だったので、病棟などで、だれかなくなったのかもしれない。

おなかをすかせていたまま、死んだので、厨房にまよいこんできたのかもしれない。

などと、類推している閑はない、夕食の調理への仕込みがはじまっているわけだ。

?のまま、仕事をつづけていると、

主任に電話がはいり、兄弟が人事不肖・・つまり、危篤状態だという連絡だった。

あわただしく、主任は帰宅したのだが・・・。

これで、憂生は納得した。

主任の兄弟が、幽体離脱でもおこしたのだろう。

そして、主任の所にやってきた。

憂生にささやいたものは、霊をみて、これは、死んだ人間が死にきれず?彷徨っていると判断して、

霊にむかって、-成仏しろーと、念じたのを、憂生がひろってしまったのと

その霊が憂生のほうにきたので、

(御霊が開いてることなどにより、こちらにきやすくなるし、ある程度、御霊が上昇していると、光るらしく、

憂生の御霊・・光るものをめざして、よってきたのかもしれない)

ー成仏しろーと諭したのかもしれない。

だが、実際、憂生はそのささやいたものがなにか、わかっていない。

憂生にとりついている?ものかもしれない、

守護霊とか、先祖とか?かもしれない、御霊かもしれない。

いずれにしろ、こういうことが起きた時、それは、「お詫び」なのだと教わっている。

そして、こういうささやきが聞こえた時は

まず、ごめんなさいと御霊にわびておく。

すると、その「ささやき」が本当のことだったら、いずれ、明かしてくる。

本当じゃなかったら、魑魅魍魎などのたぶらかしになってくるので、

それをうっかり信じ込んで、相手してしまったら、

自分の魂にもぶりつかれる。

そういう意味合いで「ごめんなさい」で、いったん、バリアをはるのだろうとおもう。

憂生の場合、多く、ささやきが、本当のことになってきた。

それが、例えば、4人の人の死だったり、

ー家をうらなきゃいけないなーというささやきが友人の思いだとわかったりするとか、

数多く、ささやきが、本当であることが多くあったのだけど、

では、それが、御霊からのものか?

と、なってくると、判らないのである。

で、何回か、かいているけど、直に会話をかわすということが、あって、

大きくおぼえているのは、4人目の死のとき。

宝くじをかおうかなと思う。

金があったらなあという欲な思いがあったせいで、その欲を手繰って憂生を掌握しようとしていたのだろうと今になっておもうのであるが。

それにたいし、「当たるから、かえ。大金があたる」

と、いうわけである。

これに対して、ほいほいと信じて言うとおりをやってしまったら、

そいつのいいなりになる道筋をつくることになるわけである。

そこで、

「おまえがなにものか、判らないのに、そんな言葉をしんじれるか」

と、やってしまい、本当なら証をみせろ。

と、やったわけだ。

すると、道の脇にいたおじいさんのことを、

「余命いくばくもない」

と、いうわけで、

これによって、人の生き死にを証にするなどとんでもない奴だとはんだんして、

憂生は憂生の判断で宝くじをかった。

けっか、両方あたりました/うむむ

おじいさんはやはり、3ヵ月後になくなり、

憂生は宝くじで3000円あたりました/笑

大金じゃねえじゃんかというところは、おそらく、憂生にささやいてきていたものは、

明治か大正の者だったのでしょう/ですから、3000円は大金でしょう。

笑い話にしてしまったけど、

自分の欲などにもぶりついてきて、こちらの思いを掌握してしまおうというものがいるのも

事実なのです。

ですから、よく、サイキックな能力がほしいとか?

ヒーラーになりたいとか?

自分を本当によくしていったら、勝手に人をいやすような力や、不思議な力というのは、発動するものです。

そこにきがつかず、「欲な思い」をもったら、そこにとりついてきて、

憂生に対してのように、平気で予知をみせてきたり、物をうごかしたり、姿(神様のような)をみせて、

「本物」であるように、思い込ませることもします。

ですが、基本的に本物というのは、そういう「不思議」な形をとらないものなのです。

人を助けたいと思っている人はとくに、そういう不思議な力があったら、

さぞかし便利だろうと思うのだと思います。

確かに、この世の中、不思議な部分からの影響もあり、例えば、払う力とかも必要になってくるでしょう。

実際、憂生もなんどか、色んな人に払ってもらうということや、

もっと不思議な「助け」をうけたりしています。

ですが、根本的な解決は

例えばなにかにとりつかれてしまう「自分の思い方」をなおすことであって、

いつまでも、たんびとりつかれてしまっていてはいけないわけです。

ここらへんを判らず、便利だろうからとか、こういう思いで、

不思議な力をみにつけたら、

自分もおなじ目にあいます。

ーあいつは、便利だから、ーという消耗品のようにあつかわれてしまうのです。

人を助ける。

人を癒す。

と、いうことを、さも立派ですばらしいことのようにおもいこんでしまっているところにも、

この裏側をひっくりかえせば、

ー自分すばらしい人間になりたいーという欲がからんできていますから、

この欲を妙な存在にたぐられないように、してほしいとおもいます。


関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
5746位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2052位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。