画像1 画像2 画像3 画像4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思うままに・・4

どうも、憂生の不思議な能力?のことを書くと、そこらへんに興味がある方がよってきますが、これは、どういう仕組みになっているんでしょうかね?

だいぶ前の記事で、

憂生は霊能力ではないとかきましたが、

実は自分でもよく、わからないのが真相です。

この妙な能力の最初は、憑依、あるいは、自己暗示みたいなものから、はじまりました。

15歳くらいの時だったと思います。

この15歳というのが、実はみそなんですね。

うろ覚えに成りましたが、

15歳までは両親のどちらかの因縁。30歳までは、やはり両親のどちらかの因縁。

多分、15までは、母親の因縁。15から30までは、父親の因縁。

30歳からは、自分の因縁。

に差配されるというのですね。

ですから、15歳の頃にこういう憑依現象にあうということのいったんは、父親からの影響ではないかと思うのです。

実際、わずかながら、父親も不思議な経験をしているひとでした。

肝臓だったかが悪くて、入院していたそうで、その時に水がのみたくてしかたがないのだけど、

医者に止められていたそうです。

でも、どうしてもほしくて、水をのんだそうで、どうやら、このことをおがみやさんに話にいったところ、

先祖の人で、水がのみたいと思いながら死んだ人がついているから、水をのみなさいととか・・・うろおぼえです。

すると、たるほど、水をのんだら、悪化するといわれていた病状がけろりとなおったというのですね。

こういう体験をしているというところからみても、憂生の憑依現象のいったんは、父親の影響にあったとおもうわけです。

それから、しばらくはなにもなかったのですが、24,5くらい。

環境が大きく変わった頃ですね。

そのころから、不思議なことがぽつぽつとおきはじめました。

霊能力者でもなんでもないのに、思い一つで友人に取り付いてる(らしい)霊をおいはらおうとして、

背中を霊に引っ張られるなどということもありましたが、

大きく自覚したのは、離れた土地の友人のところにとまりに行った時だったと思います。

友人の部屋でねむりはじめると、

ーああ。あしたも仕事かーという思いがはいってくるのです。

部屋の天井あたりに「思い」が滞っている感じで、毎日、毎日、

ーああ。明日も仕事かあーと、思いながら就寝していたのでしょう。

その思いが部屋の中に停滞?していたようです。

そして、彼の魂が・・という小作品にもかきましたが、

事故で死んだ従兄弟の思いを拾うという状況や、

人の死をおよそ3ヶ月前に知らされる(4回ほどありました)

9・11テロの予告とおもわしきもの。

まあ、まだまだ、数え上げればきりがない状態なのですが、

憂生自体は、魂のことがわかる人と遭遇することになって、

その方に

「おまえの御霊(魂)は開いている」と、知らされたのです。

つまり・・・。

憂生が霊能力者じゃないと考えるのはそのへんなのです。

憂生の妙な能力は開発講座とか、修行場所とか、そういうことで培われたものではないわけです。

全知全能の神という言い方を聞いた事があると思いますが、

御霊がそれにあたるということです。

その御霊はみんな持っているもので、即ち自分であるといってもよいものですが、

多くの人は御霊は閉じているそうなのです。

御霊が開く要因は、いくつかあります。

元々の魂の次元が高い?いわゆるエリートといっていいか、そういう人が、今どんどん、うまれてきているとは思いますが

通常、

苦労に苦労をかさね、人間修養ができたひと。

が、御霊が開くことがあるそうです。

ところが、憂生は苦労などしていません。

ですから、師が首をかしげ、もう一つの理由をたずねてきました。

ーおまえ、死に目にあったことはないか?-

憂生は16歳くらいの時に同乗していた車で事故にあい、そのときは

ー死んだーとおもいました。

ですが、それも妙なのです。

通常、人間修練ができてない状況で、死に目にあって、御霊が開いたとしても、

御霊はすぐに閉じてしまうものらしいのです。

師はそれをたしかめるためか、御霊をとじさせたようです。

ところが、

「閉じても開く」そうです。

そして、もうひとつ。

人間修練ができていない状況で御霊が開くと

いくつかの状況におちいりやすいのです。

簡単にいうと、意識がなくなったり、とか、精神異常になってしまったり、とか、

死ぬのが怖くなくなって、ほいと、死んでしまったり、

逆にあばれたり・・・。

ひどい殺傷事件をおこしてしまう人も御霊が開き、業がふきだしてくるのかもしれません。

憂生はこういう状況がすこしありました。

でも、それは、憑依されていたようで、ちょっと、違うと思います。

ですから、精神修練ができていない状態でありながら、おかしくなることもなく、

一時的に開くのではないというのは、通常、考えられないわけです。

そして、霊能力かもしれないと思うところは、

やはり、憑依されたことがあり、そのときに師が、おいはらってくれたわけです。

ーおどりゃあ、どこの狐・狸じゃあーと・・・。

そのときに

「あれは、狐・狸じゃなくて、国津神だったよ。だけど、憂生の御霊にはせめて、天津神じゃないとね」

と、いう言葉を言われたわけです。

人間修養も精神修養もできていない人間の御霊をつかいまわそうとするものがいるわけです。

国津神は、例えば、病気治しとか、うせ物さがしとか?そういう力を持つ存在です。

まあ、簡単に言えばヒーラーとか?サイキックとか?

こういう力に近いかと思います。

ところが、憂生の御霊には、国津神じゃあ、いけないようです。

天津神・・も、また、御霊をつかいまわそうとするものだとは思うのですが、

この神がめざすところが、もうすこし、上の次元なのではないか?と思います。

ですから、その次元の神がつくということは、憂生自体の精神的修練や思い方・考え方なども

よい意味で高度なものになり、憂生自体がきたえあげられるわけです。

そして、憂生がある程度、しっかりしてきたら、

天津神もこの御霊をつかいまわせないということになって、

加勢がわにまわるか、たちさるかになるのだとおもいます。

つまり、めざすところは、自分の御霊本来との合致ということになります。

そこにいくまでに、いろんなものがはいってきて、つかいまわそうとしたり、

たすけてくれといいにきたり、すがってきたり・・・・。

憂生自体がぐらついた思いのせいでよびこんでしまっていたり・・・

そういうのが、不思議な体験として、目にみえてきているわけで、

目の前でいきなり天気をかえられるという顕示をみせられたときでも、

憂生は自分の御霊の存在がわかっていましたから、

こんな風に顕示をみせてくるものに、うなづいてしまったら、

自分の御霊ごと差配されると思いました。

御霊本来とは、平々凡々、普通の状況の物事で教えてくるものだと思うのです。

ですから、普通、みんな御霊の存在にきがつきません。

他人さまの口だったり、何気なく見ていたTVの科白だったり、こぐ日常にとけこんでいるものなのです。

ですから、ひょいと、人がやってきて、憂生の死ぬ気を止める科白をいうとかあ?

これが、御霊の差配なわけです。

天気を変えたり、神秘を見せたりサイキックをおこしたり、ヒーリングをしたり、これは、ほぼ、御霊を使いまわそうとする憑き物である可能性が大きいのです。

ここがわからずに、すごい力をみにつけたいとか、なんちゃか神からの神託があってとか・・。

これ、たいへんなことなんですよ。

自分の御霊をのっとられてしまいかねないことをやろうとしているということなのです。

御霊ほんらいからのものになってきたら、

時に応じ、思いに応じ、変な力をつかわなくても、すっと難をさけれるようになるのです。

憂生は乗じきれなかったけど、手の怪我をする直前まで、むしょうに仕事を早引けして家に帰りたいとおもわされました。

いわゆる、虫のしらせみたいに、自分の感情そのものにとけこんでしまう。

これが、御霊なのです。

そして、ばあいによっては、サイキック以上の能力を発動させることもありますが、

これら、すべて、応じて、起きる。

もので、妙な開発処や山にこもってとか?こういうものなしでおきるものです。

なによりも、こう考えたら、平凡に難なくいきてこれる人のほうが、本当の御霊が発動しているということなわけです。

あと、自分に大きな天命があれば、それに、勝手にひきずりまわされます。

なんとか開発にいかなくても、いやがおうでも、たとえば、天津神がついてきて

修行させられるようになってしまったり・・。

もっと、じかに御霊から、こうしろああしろと差配されて修行させられてしまって、

言い方わるいのですが、変な思い方をしていたら、えらいめにあわされて、自分の思いをそぎおとされたり、

自分のすきなようにすることも叶わなくなる。

そうそう、そこで、エロビデオみてるなんてことも、自由にできなくなる(かも)

それくらいひきずりまわされ、修行させられるだけの天命をもっているかどうか?

って、ことを覚悟していなくても、御霊のもつ天命がおおきいと、いやでもそうなっちゃうわけで・・。

憂生はこれ、さぞかし辛いだろうとおもうわけですよ。

好きなように酒をのんで、煙草を吸って・・・こんなこともできなくなるのでは?

って・・・。

そんな人間ですから、憂生自体はあんまし大きな天命はないようで/笑

いやがおうでも、やめるところにおいこまれていない/wwww

関連記事

コメント

非公開コメント
 INDEX    RSS    管理

猫・追加中

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
9171位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
3310位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。