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精神疾病のことについて、あれこれかいたせいか?

最近、精神疾病のことについて、あれこれかいたせいか、

よく、欝病を克服しましたってな記事をかいている人がきてくださるのですが・・。

これは、どういうことなんだろうね?

と、思っています。

憂生自体はよく欝病になりやすいとかいう人がもつ、

「責任感が強い」なんて、性格はもってないし、

正直言えば、狂ってもおかしくないような状況も

何度か、経験してますし、

おちこみも随分ながびいた時期もありますが、

基本的には

「自分の取り方」にもんだいがあるってかんがえてますから、

自分でとり方との格闘をしてきて

まあ、いろいろ、不思議なこともあって、

現在に至っているわけですが・・。

ひょっとして、こんなことを書いてるので、

憂生が欝病だと心配されたのでしょうか?

それとも、うつ病に対しての理解が不足しているってことでしょうか?

確かに、現状、一番気にかけている人間は

欝病をわずらっているある人です。

その方も高名な医師にであい

ほぼ、回復状態にまでいっていました。

医者はもう大丈夫。

そう、いっていたとか・・。

ですが、憂生は一つの不安を感じていました。

詳しいことは書きませんが、

たとえていえば、

欝病から、結局思いがはなれていない。

と、いう事でしょう。

体の病気や怪我がなおったら

普通は元の場所に戻ります。

スポーツ選手が怪我がなおったら、

もとのスポーツに戻ります。

仕事もそうでしょう。

ところが、

欝病がなおったと思われる人の中に

「他の欝病の方のために」

と、いうパターンのなんらかの行動を起こす人が居るわけです。

これ、うまくいえませんが、

結局、欝病から、治ってない・・みたいに見えるのです。

欝病から回復した自分を確認したがってる。

悪く言えば回復した自分を優位に思うためとも見えます。

ひどい言い方をしますが、

憂生の知人がじっさい、それによくにた状況に居たのです。

なにかしら、まだ、欝病がのこっている。

だから、自分は回復していると確認したがる。

そんなふうにおもえて、不安感をもったのは、

事実です。

そして、そんな不安をもって、半年後だったと思います。

医師から大丈夫と宣言されていたにかかわらず、その人は

発症・・再発しました。

おかしな言い方ですが

憂生が怪我をした時病院にいくとほっとしたという事があったわけです。

ふつうの生活をしていると健常者しかいません。

すると、どこか自分がみすぼらしく、どじな人間だってことを痛感させられる。

ところが、病院にいくと、怪我人ばかり。

包帯でぐるぐる巻きの人とか・・。

嫌な言い方ですが、まだまだ、どじな人いっぱいいる。

憂生の怪我なんか、棘をさしたくらいのもんだ。

そんな風に神経が慰められる。

こんな経験があったので、

ひょっとして、その人の深層心理のなかに

自分より程度の悪い状態の人をみて

神経。心の均衡をたもっていやしないか?

もし、そうだったら、なにかのおりに発症する。

結局、これが、当たってしまったわけです。

ですから、憂生はもうしわけないけど、回復したといいながら

そのことから離れられない人を見るのは逆に不安です。

そのことから、離れてしまえる。

そして、もし、自分がそういう人に偶然遭遇したら、

自分の回復方法とか医師を紹介してあげる。

後は普通の生活をして、いかに回復したかを

みせていけばそれでいいんじゃないか?って思ってしまうわけです。

自分の中でうつ病から回復したという事が

精神生活のほんの一部分で

まだまだ、いろんなことを楽しんでいけるわけです。

そこまでいって、本当の回復じゃないかな?

って、思うわけです。

ですから、こうやれば、回復しましたじゃなくて、

黙っていたら、欝病だったことさえしんじられないってほど

他の事にも、充実している姿を見せて欲しいって思うわけです。

結局、うつ病から回復したというその場所から離れられないのを見ていると

治ってるのかい?って、おもうし、

その状況では、その回復方法を語っても

こっちが納得できない。

憂生という人間はそういうひねくれた見方をします。

欝病でくるしかったとは思います。

でも、それをのりこえて、今は医師に感謝しています。

と、ほら、こんなことに充実して生きています。

と、見せてくれた方がいい。

それだけ、読む人に「良かったね」って、おもいを渡せるわけです。

辛かった。苦しかった。助かった。

ほかの人も助けたい。

なんだか、まだ、苦しかった思いからぬけでていないんだね。

こっちにね、「だいじょうぶかな?」って、心配かけさせるんですよ。

そういうところへの配慮がいまひとつ薄い。

助かったなら助かったらしくする。

本当の治療は医師がするでしょう。

トップにちょっと紹介したら

本当に回復している姿を見せる。

日常のさまざまのこと、なんでもいい。

たのしんでいきています。って、中身を見せていく。

そうしたら、その姿で紹介記事が本当だってわかる。

そしたら、多く語らずとも

ほかの人が、そこにいってくれる。

まあ、そんなこと、ちょっと、おもったので、

きびしいこと、かきました。

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