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遅れてきた「彼」/百恵ちゃんと、ちゃうで~~

とくちゃん←微妙に気味の悪い呼び方であるが/
ま、とくちゃんの憤慨、良くわかる。


憂生はどこかに書いたが
見た目の不幸に踊らされる。
これが嫌いである。


そういう意味でも、
彼の本拠地〔今は無きGOOの簡単HP)に置いても
度重なる訪問をくさくさしてみていた。


憂生はもっぱら、自分の書いたものの
宣伝、集客を目的にそこに在籍していた。

なにがいいといっても、
そこは、1スレッドの許容量が無限大・・。
13万文字、あっさりはいる。
さすが、ガイアックス。/因みにここ(OCNカフェ)もそうだ。


で、まあ、話を戻して
ついでといっちゃあ、なんだが、
そこに
カフェ の日記もコピー 掲載する。

ま、そこにカフェからのおっかけが/あんがと~~/きてくれる。

そこに来てもカフェ。カフェ。とやってるわけだし、
そこでは、わずか、一日、5人も来ない状態の憂生がカフェでは、当時一日1000人以上なんて、/足跡操作もありますが・・/状況であったり、足跡機能でコメントを自在に発信できるとか、かなり、カフェの良い所/あるいは、そこの不満?/あるいは、ガイアックスの両者のコミュニュティHPの作り方の違いなど・・・。なんか、いろいろ、ほざいた。

そして、それから、暫くして、
彼がカフェに進出してきた。


元の場所と比べれば面白いほどの手ごたえがあると思う。
カフェの機能はミニメールとか、掲示板の独立や
チャット。
そして、リニューアル頃の記事に対してのコメント欄の設置。

チョット、他にないトーク広場としても、
絶賛!!できる状態だと思う。

つまり、
彼を此処に引き込んだのは、
ひょっとして、憂生なのではないかと思う。

ま、
どっちにしろ。
憂生は憂生。

気に掛けてくれる人が
気に掛けてくれりゃいい。

彼に賛同するも、
その反対にしろ、

問題は自分がどういう「思い」をもっているか。どういう「考え」をもっているかを、
自覚すること。

ただ、憂生をいえば、
他をもって自分を知るとう意味でいえば、
彼によって、知らされる「自分」をみつけられなかった。

ま、すでににたりよったりの人がカフェにいて、

そこで、先に「自分」を検討させられてしまったせいかもしれない。

GOOのホームページが解体されて、同じガイアックスが作ったコミュプラザ・OCNカフェにGOOの住人がなだれこんできた。

GOOのほうは、自分のホームページと提携できるパターンだったので、それができないカフェには、不足を感じた人が多かったと想う。

そんな中でGOOにいたころから、病気の子供の手術費用への募金のよびかけとか?

かなり、集客数をもっていたブロガーがやってきたのだけど・・・。

どうも・・・。

GOOでであった頃から、嫌な感じをうけていた。

もちろん、これは、憂生の勝手な個人的な感受でしかないのだが。

そして、彼がカフェにあらわれて、しばらくすると同じように感じたのがとくちゃんだろう。

かなりのもんちゃくがあったようで・・・。

とくちゃんのほうは、彼の「似非」をあばきたてるまで、憤慨してしまったようである。

憂生のほうは、自分でもうまく説明できないが、

こういう募金活動の音頭とりとか?

なんとなく、すかない。

まあ、せっかくだから、この自分の心理を突付いてみようと想う。

ひとつには、安易な同情と同乗だと想ってしまうのだと想う。

確かに彼は過去形において、災害で恋人?をなくしてしまったようなのであるが、

その傷を癒している。

と、いう風にみえてしまう。

どうすればベストなのか憂生にもわからないが、そこに関って、

「救世主」のごとく手をさしのべていることに自分の存在価値を見出している。

と、いう匂いを紛々と感じた。

つまり、つづめていえば、

相手を助けてやろうとしているというより、自分がその行動でヒーローになるような錯覚に酔っている。

自分のため。「救世主」になることで、自分をフォローしている。

こういうものが、前面にでてきて、

一種、募金活動に協力してくださいとか?こういうのが、その相手の不幸を利用して

自分が「いい気分」になる。

こう言う風にみえてしまったのだ。

確かにいろいろ、悲しい現実をまのあたりにしていらっしゃって、その事実を想うと

そういう行動にでるのはわからないでもないが、

それらを前面にだしすぎてるというのかな?

募金活動への協賛をもとめてるのでなく、

そういう行動にでてしまう自分への協賛を求めている。

黙って、一生懸命募金活動をおこなえばいいじゃないか。

これでさえ、ある意味当事者でない人間の僭越行為だともおもえるのだが、

なぜ、そこまで、かたいれするのか?と問われた時に

はじめて、自分の境遇を喋ればよいと思う。

あくまでも、私感、自分の境遇からわいてきてしまう感情でしかないことを

自覚していれば、ヒーロー気取りのお助け行動は出来ないと思ってしまったわけだ。

これは、あくまでも、憂生の私感であって、本人への誹謗・中傷のつもりはないのだが、

充分、そういう風に読み取れてしまうことだろうと想う。

実際、憂生も自分からというよりは、知らぬうちにかかわって、

募金活動ではないが、人の生死にかかわる場面で、ネットへのよびかけをしたことはある。

だが、これも、最後の最後まで、自分が・・ということをあかさなかった。

最後の場面で家族の方が憂生に一番最初に連絡をいれてきたということで、

「意識をとりもどしたよ。みんな、ありがとう」

と、早くつたえるために、カフェにかかげたことはある。

自分がこうだからというわけじゃないけど、

「私がしてやるんだ」「私がしてやったんだ」が、前面にでてくると、

正直、気分が悪くなる憂生が居た。

これも、上にかいたように、憂生の環境・境遇などなどが、思わせてしまう個人感情でしかない。

だから、それで、正義面で、彼を糾弾するきはなかったが、

結局、出る杭のでようがわるかったのだろう。

かなり、こてんぱてんにやっつけてしまったのが、とくちゃんのようである。



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