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あやめ、6月、死んでも治らぬ根深。

親父はもんもん、せおっていたが、

極道しとったのか、そこのところはよくわからん。

板前だったから包丁一本で何処にでもわたりあるいていたようだ。

いえをとびだして、50ちかくになるまで、

家庭ももたず、あちこちをさすらっていたらしい。

親父の事情をすこし、わかりだしたのは、

戸籍謄本からだった。

親父の父親の欄に名前は無かった。

私生児となっていた。

親父の母親は親父をつれて、後妻にはいったというが、

親父の父親の名前は名乗っていなかった。

よくはわからない。

親父は長男であったらしいから、

ひょっとして、親父の父が本当の父親なのかもしれない。

一切合財がなぞのまま、

おやじは、ふるさとに帰ろうとする気配は無かった。

母者人は

「自分が飛び出したから帰りたくてもかえれんのだろう」

と、いっていた。

憂生はある意味、親父が「馬鹿だ」と、思っていた。

だけど、ある人が

「親父さんには飛び出さずにおれない、くろうがあったんだろうなあ」

と、いった。

憂生はそんな事、ちっとも考えはしなかった。

憂生のさきゆきについて、

離れたところの大学にでもいきたい。

と、いおうものなら、

「おまえは、おやをすてるきか?」

と、なじられたこともある。

そのころの憂生は親父のそんな言葉に

「てめえが、おやをすてたんだろうが!

おやをすてたのは、てめえじゃねえか」

と、まあ、親様に向かっていう言葉でない感情をわかしていたものである。

ところが、憂生は先の

「飛び出すには、余程の事情があったんだろう」

と、言う言葉をきいてから、思い方が少し変わった。

親父は不安で仕方ないのだ。

自分が親をすててきているから、

他を見る目もその視野になる。

親父は自分が捨てられる事を恐れている。

憂生はじゃないのに、自分の視野に自分で苦しめられている。

いつか、自分のしでかした事は

何らかの形でかえってくるといったが、

親父の場合、自分でいしきはしておるまいが、

自分のしでかした事に苦しめられている。

もし、親父が家で辛抱したら、

憂生のこともコイツも家で辛抱できると

しんじられたろう。

帳合は形で返ってくるとは限らない。

思いの世界で苦しめる事もある。

親父は充分、返されている。

くるしめられている。

そう思ったとき

憂生にはあれほどの

「てめえだろうがあ~~」

と、言う業がわかなくなった。

それでも、まだ・・・。

親父の話のつづき。

親父は憂生に捨てられる。

そんな、思いわかされて、それなりに苦しんでいたと思う。

なのに・・。

色々、あって弟の墓はまだ、無かった。

一箇所に定住する事が無かったのだか、

当然だろうと思う。

やっと、一つところに落ち着いたときは

憂生は15に成っていた。

商売も軌道にのり、

やがて、無茶な拡大経営が謝金もぶれをうむまで、繁盛していた。

そのころにやっと墓を買った。

親父には先祖の墓は無い。

弟のために、小さな墓石 をつくってもらった。

石屋のおじさんが墓に墓石を持ってきてくれることになって、

親父と一緒に出かけた。

追い討ちは此処で掛かった。

お骨の収め方を説明しながら

墓石のバランスを取っていたおじさんは

ふと、親父をふりむいた。

「大将。あんた、親不孝してるねえ」

親父は小さな声を出したような気もする。

記憶が定かじゃない。

でも、親父は観念したかのように、

石屋のおじさんの言葉を待っていた。

「あのなあ。こんな、商売してるとな・・・」

おじさんは煙草を一本くゆらせて、

それから、

「男の子供 が小さいころに死によるのはな、

よっぽど、父親が親不孝しとるからや。

全部が全部そうやとはいわんよ。

ほんでもな、因果応報ちゅう教えがあるくらいや・・・。なあ、大将」

どうや?

おじさんはその言葉をのみこんだけど、

親父はうなだれて、小さく

「ああ」

と、うなづいた。

石屋のおじさんの言う事が、偶々、親父に符合しただけに過ぎない。

親父は弟が死んだ時とは、違う見方で苦しみを

見せ付けられたのかもしれない。

わずかだけど・・・。       




親父が小さくうなづいて

それから組んだ手をわずかに目の下に

持っていった気がした。

石屋のおじさんは、

短くなった煙草をもみけすと、

墓に煙草をすてちゃいけないと、

手の中でゆっくり転がしていた。

「だけどな。大将、アンタは親孝行してもらえてるんだよ」

親父はちょっと、いぶかしそうな顔をして、

わずかに憂生に視線をかたむけた。

石屋のおじさんは、少し笑ったようにみえた。

「そうじゃないよ。この子だよ」

墓石をそっとなでながら、

おじさんは憂生にそうなんだよと、うなづいて見せた。

「本当だったら大将。アンタが死んでも、おかしくないな。

その業をこの子が全部被って

アンタにいきてくれ・・・って」

親父が両手で顔を覆った。

「大将はありがたいな。そんなに思われたんだ。

頑張ってながいきしなきゃなあ」

ポンと親父の背中 たたいておじさんは立ち上がると

「ま、かえるでや」

と、言いながら所在なさげの煙草の吸殻をポケットに突っ込んでしまった。

あとで母者人に聞かされた。

(拝み屋さんに行ってみて貰ったんだ。

そしたらね、

「この子はお父さん、お父さんって。

お父さん大丈夫ってものすごく心配してたねえ」

って言われたんだよ)

恥ずかしながら生後5ヶ月の弟にも

及ばぬ憂生でした。

コメント

憂生が弟のように、死ななかったのには、訳があるとしったのは後年である。

因縁というものは、第二子が継ぐといわれている。

憂生がもし、第二子でうまれていたら・・・・。

憂生の弟は、親父を思い・・・。

憂生に因縁が被らないように、たった、5ヶ月で、死んだ。

もしも、弟が生まれず、憂生が一人っ子だったら、因縁をもろにうけとめることになって、
憂生はすでにこの世にいなかったのかもしれない

憂生が無事いきのびたのは、どういう加減なのか、わからないことだけど、
何度か、死に目にはあっている。
このあたりのことは、スピリチュアルのどこかにかいているので、省くが、
一つには、因縁?業?を弟が引き受けたという事であろうと思う。
また、第2子が、因縁を継ぐといわれてもいる。
生まれてくる、順番が違えば、死んでいたのは憂生だったということだろう・・・。
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