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指導者の条件を読んで・・2

今度は大村益次郎が引き合いにだされていた。

維新の中、あれほどの功績のあった人間に関らず、

あまり、彼の名前もしられていない。

英雄的存在ではない。

実直で朴訥で、たんたんと物事をやりこなす。

動乱の時期においても、

平和な時においても、

田畑を耕作するが如く、

種まきの時期をみきわめ、

苗代の温度を管理し

と、いう具合に作業をこなす。

与えられた立場に応じて

人を育てていくわけだが、

これも、何事にも通じる真理でこなしているようで

適切な時期に声を与えるが、

これも、百姓が作物に肥えを与えるが如く

あたりまえの如く自然なふるまいである。

あまりにも、自然にこなすため、

凡夫の如きに思える目立たなさだったと思う。

だが、司馬遼太郎の作品中の彼を読んだとき

これが、人間本来だなといたく感動した覚えがある。

その彼が戦いのさなか、援軍を要請されたが断る。

この時に「貴方はわれわれに死ねというのですか?」

と、とわれ

「もちろん、そのとおりだ」

と、こたえた。

と、言う逸話を松下幸之助が引用している。

結果的に大村の返答をきいた薩摩藩は

覚悟を決めて戦いにいどみ、勝利をおさめることになる。

このことを松下幸之助は言う。

勝つか負けるかの極地において、

死ねといわれるのですか?

と、問われ

「いや、そんなつもりはない」

などと、やっていれば

士気をふるいたたせることもできない。

覚悟を決めてくれといわれれば

逆に、この戦いに対しての

薩摩兵の価値も変わってくる。

犬死になるか、武士の誇り(生き様)をかけるか。

同じ死でも、全然変わってくる。

こういう意識変革を一言で成す大山益次郎という人間こそが、

よほど腹をくくっていると思う。

で、なければ、テクニックだけでは、

その言葉が通じるはずがない。

大村の一言に、逆に

大村の覚悟、生き様をみぬいたからこそ、

人が動く。

本物の生き様があってこそ、

人が動く。

言うべきを言う厳しさというよりも

言うべきを言えるだけの厳しさ、

つまり、「裏打ち」をもたねばならないのだと思った。


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