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「気?」を拾ってしまうようである。

最近は、どうも、ブログから、「気?」を拾ってしまうようである。

どういう「気」なのかはわからないんだけど、

極端な話が、ブログから、「気」が放出されているんだね。

そのときのその人のものなのか、

(なんか、腹がたつことがあったとか?)

いっときのものなのか、

そこらへんはよくわからないんだけど、

酷い時には、こちらのマウスをもつ指先が

ぴりぴりと痛む。

ブログの内容は変哲ないことしかかいてないんだけど

なにか、あったんだろうな。

多少のことなら、こっちもキャッチしないんだけど、

指先が痛むとなったら、これはもう、触らぬ神にたたりなし。

みたいなところで、素直に撤退してきた。

まあ、あと、ここしばらく、思うことなんだけど、

「死んだ人間としゃべっていてもしかたがない」

って、事なんだ。

死んだ人間という言い方はおかしいんだけど、

まあ、例えば過去の自分。こういうところから、

連鎖してくる前世とか先祖とか?

まあ、前世や先祖とか、いいだしたら、

この世の中の生きていた人、死んだ人、手繰っていけば

全部親戚・・みたいなもので、

このいろんな関連が「思い」を手放したくって、

こっちによってくる。

クリアしたはずなのに、いやな思いに振られてしまうわけで

何度かすぎていくうちに、

ふと、こりゃあ、自分の思いじゃないぞ。

って、そう思いなおして、

気にすまい。

って、かんがえたとたん、「ありがとう」って、思いが飛び込んでくる。

まあ、こんなことを思ったのも、

ひとつには、アンマの記事から。

「ハグされるだけで、カルマが消える」

その昔、師がいちど、憂生をハグしたことがある。

そのとき、憂生は

(おまえもよくがんばってるなあ)

って、思った。

あほちんたんだから、それを自分の思いだと思っていた。

師をも包み込むすごい思いをもつ人間だと・・/大笑

だが、よくよく考えれば以前にもそれはあったんだ。

師が来る人来る人に「おかえり」と声を掛けていたのが、

憂生が師の思いを読んでいると判った時の師のきずきも伝わってきていた。

「おや?」

それから、なにも聞こえなく(感じなく)なった。

まあ、完璧に自分のなかにある「思い」と違うものだったから

それが、師の思いだときがついたわけだけど

ハグの時はよい意味で憂生のなかに

師をいたわる思いがあったのかもしれない。

だから、同じような思いがかさなったせいで、

自分の思いだとおもいこんでいたふしがある。

だから、いやなことも似たような思いにかさなっていたんだろう。

でも、自分の思いじゃなかった。

ふっと、その思いをてばなしたら、

なにかも一緒にきれいになったのかもしれない。

だが、しかし・・・。

これはこれで、つらいんじゃないのかなって、

憂生はおもうわけだ・・。

人間誰しも影の部分はある。

これが増幅ささせて「ほかのものがたすけてくれとすがってくる」

そうそう、元々が「触らぬ神に・・だった」

やめたほうが良いと思いつつ

アメリカの水爆実験の云々をみていて、

開発者が逆に没落していくのを見ながら

「良かったじゃないか・・」ってね。

水爆を作ってしまって、それを賞賛された人生を送っていたら

まさに地獄行きじゃないかね?

生きてる今苦しんでよかったじゃないか・・。

なんて事を思いながら、

なんで、核なんかつくってしまったんだ?

おまえがつくらなきゃそれですんだんじゃないか?

ってね。

どこか、人生ににた考え方だよね。

「なんで、こんなことになったんだ?

そんなことさえなけりゃ・・」

って・・・。

どこか、否定的な見方なわけで、

否定してみたとて、「核が開発されなかった世界」になるわけじゃないし

死んだ人間が帰ってくるわけじゃない。

いずれ、ほっといても、核はどこかで開発されたものだろう。

問題はやっぱり、それをどう扱うかっていう

人間の心を育てていくしかないわけだ。

危ないものがあるからこそ、良心を強くそだてられるわけだし

危なくないものだけで、くらしていくのなら、

そりゃあ、心のない「無機物」でしかなかろう。

人類は痛い失敗をもって、

良心がいかに大事かをしらされたわけだけど・・。

ん?

話がずれまくってるね。

で、もとの話。

やっぱりね、指まで痛くなる人のことが気にならないか?っていったら、

嘘になる。

ただね、

憂生の力では「浄化させる」とこまではいかない。

むしろ、「一種の恐れ」にこっちが、

ほかの「不安」をもってしまう。

なにがあったのかわからないけど、

隠していても

「そういう気」は発散される。

だから、憂生自体が基に「そういう気」とよくにたものがあったのかもしれない。

自分もしらぬうちに「良くない気」を放出してしまうことがある。

なんだか、よくわからないことをかいてるけど

ちょっと、複合的だね。

何人かの念がかさなってるきがする。

で、こっちの中身がばらついてるんだけど、

ひとつには、自分を冷やしてから・・・。

自分が思う感情は実は自分以外のものなのかもしれないということ。

そこらへんをね・・。

良心というものと照らし合わせて

自分の思うべき思いを掴みなおす。

これをしておかないとブログにまで放出されてしまうということ。

って・・・。

自分の事を書かされてると思う憂生なんだけど・・・・。

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